73:俺達のために
「じゃあ桜おねえちゃん、一週間も東の町に行っちゃうの?!」
「さみしぃよ…!その間、僕は誰ととらんぷすればいいの…?」
桜さんは、瞳を潤わせる花子と茂の頭を、どこか夢心地な様子で優しくなでた。
「ごめんね。でも、お花をいっぱい、いっぱい、い〜〜っぱい!売ってきて、沢山の現金…あ、じゃなくて。お土産いっぱい買ってきてあげるからね」
《いっぱい》を意味深に強調してすぎて、もはやわざとらしい。
「いつ行くの?」
「12月2日に家を出て、12月9日には帰ってくるよ」
「あと6日しかないの?」
「しばらく会えなくなっちゃうから沢山とらんぷで遊ぼうね」
「うん」
「………で、桜ねーちゃんは、なんで帰ってきてからずっと目が金マークになってるんだ?」
「え?」
竹雄の声に振り向いた桜さんの目はお金の形になっていて、顔は恍惚としている。隣の竹雄と禰豆子、六太と母さんから、困惑の匂いがした。
「目がお金?なってないよ」
「いやいや、なってるぜ。なぁ母ちゃん」
「そうね。とても器用に」
「ふふふ……。じゃあそれでいいです。皆13日後を楽しみにしていてね。ふふ」
桜さんは、これでようやく、とか何とか言いながら恍惚した表情で、花子と茂をなで続けている。
「もうっ。桜さんずっとあの調子で教えてくれないし。本当に何があったの?お兄ちゃん」
禰豆子以外にも、竹雄や母さん、撫でられている花子も、いい加減教えてよ?と視線を投げかけてきた。けれど…、
「ダメだよ?炭治郎君。皆には楽しみにしていて欲しいの」
すぐに桜さんがやんわりと牽制した後、両手を口元辺りで組み瞳を潤わせ、首を傾げ甘い声で言った。
「ねっ。お願い」
甘えたようにお願いされれば断れるはずもなく、家族には「当日の楽しみという事で……」と言いつつ、昨日の事を思い出し始めた。
広げた蝶柄の風呂敷には、小さな紫色の花を咲かせた一輪の花。
「あれこのお花…」
「花桐草(はなぎりそう)といいます」
「確か私が前にしのぶちゃんにあげた、アキメネスだよね?」
桜さんは、風呂敷から紫色の花を手に取って色んな角度から見上げた。
「アキメネスとは《寒さに弱い》という外国の言葉で、別名は花桐草です。これは桜さんに貰ったものではないのですが、同じ花です」
へぇ〜そうなんだと桜さんは花を風呂敷の中に戻した。甘露寺さんが次に手にとって、花をくるくると回し見つめている。
「この花はどうやって手に入れたのですか?」
「えっと確か……」
桜さんは、顎に手をあて思い出す仕草のまま語りだした。
一月以上前。隣町まで車で買いに来る都会の常連が、貿易関連の仕事をしており、その関係で偶然外国の珍しい種が手に入ったからともらった物で、いつか咲かせようと棚にしまっていたのをこの間ふと思い出し咲かせた。
そう話す桜さんに、しのぶさんは、甘露寺さんの持つ花桐草を見て言った。
渡航技術が向上しより遠くの国と貿易が可能になって数十年。遠くの沢山の国との輸入品の一つに、花桐草はあった。見た目の愛らしさとある薬成分が摘出される事から多く輸入されたが、元は暖かい地域の花。日本の気候には適さなかったようで、栽培繁殖が上手く行かなかった。その内に輸入数も少なくなり、需要の割に供給が不足し入手困難の花の一つとなった。
「仕事の関係でこの花を大量に欲しいのですが、数が足りなくて困っていたのです。……そこで、桜さんにお願いしたいのです」
しのぶさんは、甘露寺さんから花を受け取って、桜さんに見せるように掲げた。
「この花桐草を1000程頂けませんか?」
「「1000?!」」
その数の多さに驚き桜さんと声が重なる。
「もちろん無償でとはいいません。報酬もしかっりと払います」
にこりと笑うしのぶさんに背を向け、桜さんと内緒話をするように、肩を寄せて小声で話しだす。
(どうしよう炭治郎君。この状況で珍しい花を1000も用意するなんて、訳アリですって言ってるようなものだよ?)
(そもそも1000用意できる時点でおかしな話かと)
(だよね!)
(それとしのぶさんから、訳アリ確定だろうなって確信の匂いがします)
(え?本当?どうしよう…)
(しのぶさんなら、事情を話してもよさそうですが)
(もちろんしのぶちゃんは信頼してるけど…。)
(けど?)
(信じられなかった時が怖いというか……もし拒絶されたらって…)
(桜さん……)
(あと、情報が洩れてNasaにつかまって人体実験されたらって思うと…)
(桜さん……)
(今が決断の時なの?言う?言わない?依頼受ける?受けない?どうしよ〜!)
(あと一つだけ気になる事があるんですが…)
(気になる事?)
(しのぶさんからの匂いが)
「桜さん」
しのぶさんに呼びかけられ、二人でびくりと振り返る。
「一つこの値段で買うので」
どこから出したのか、そろばんをはじき桜さんに見せながら「合わせてこの金額はいかがですか?」と言うが、桜さんはそろばんの見方が分からないので首を傾げている。その仕草で察したしのぶさんは、懐から出した紙と筆を使い、流れるような手つきで数字を書き、桜さんに手渡した。
紙を受け取った桜さんは時間が止まったように数十秒固まった後、叫んだ。
「え?!ほ、ほんとうに?!書き間違えてない?!」
「間違えてませんよ」
「だって、え、0がいちにいさん……え?!」
「このお話受けて下さるのなら、桜さんがどのような事情があっても、今は黙示します」
しのぶさんの最後の台詞が決め手になったのか、桜さんは目をお金の形にして、しのぶさんの手を握った。
「やります。やらせてください!」
けれど流石に一度に1000も用意するのは難しいので、一週間東の町に滞在して、毎日花を咲かせて渡す事となった。しのぶさんの都合で一週間後に会う約束をして、次の日に東の町を発った。
家へと帰る道すがら、桜さんは俺にお願いがあると言ってきた。
「炭治郎君、この件皆に内緒にしておいて欲しいの」
なぜ秘密に?と聞けば、嬉しさを堪えきれない様子で、独り言のように話し出す。
「どっきりだよどっきり。いっぱいのお土産を買って帰って喜ばせたいの!あ〜何買おうかな?ぜったい禰豆子ちゃんはあのワンピと、着物と髪飾りでしょ?葵枝さんは……」
楽しそうに笑いながら話す桜さんは、結論だけで見てしまうと、自身の秘密の保全より目の前の利益を選んだように思える。けれどそれは少し違う。
それは、桜さんからは、《俺たち家族のために》という匂いしかしなかったからだ。
「全部買ってもお釣りいっぱ〜い!後は、お正月の御馳走でしょ?壁と床と屋根の修復でしょ?!あと皆のお布団も新調して〜うふふ、うふふふ〜」
自分ではない誰かの幸せを願い、喜んで欲しいという想い。匂いだけでなく、言動からも十分に伝わってくるその感情に、胸にあたたかいものが宿った。
(けど……)
一つだけ気がかりな事があった。それは、しのぶさんから桜さんに話を持ち掛け時。僅かだが感じ取れた匂いがあった。強い決意の匂いに隠れるようにひっそりと、寂しい匂いが。
※大正コソコソ噂話※
NASAが出来たのは1958年なのでこの時代にはないです。ちなみにこの回の蜜璃ちゃんは、「難しいお話ね〜」と話を聞きながら、パンケーキを73枚食べてました。