72:言葉責め

吐く息は白く、朝布団からでる瞬間が一番辛い冬の季節となった11月25日。今日は炭治郎君と二人で東の町に訪れていた。今回は炭も花も持ってきておらず、たまには息抜きもいいよねと遊び感覚で来たのだ。炭治郎君に、デートだね☆と揶揄えば、デートっていう単語を知らなかったらしく首を傾げられて終わった。反応つまんない…。


東の町についた直後に蜜璃ちゃん、昼すぎにしのぶちゃんと合流。久しぶりの再会を喜び合いながら、半個室のような食事屋さんに入った。

「桜さんから初めて貰ったミムラスの花ですが、今朝屋敷を発つ前に見たら枯れていまして」

話がひと段落した時に、しのぶちゃんが上品な笑顔を浮かべて話し始める。

「本当に長く咲く代わりに、一度で枯れてしまうのですね」
「私がもらったお花はまだ元気に咲いてるわ〜。お花を見ると桜ちゃんを思い出して元気をもらってるの」

蜜璃ちゃんがほわほわと可愛らしい事を言っている横で、しのぶちゃんはお茶を飲んでから一言。

「一体どのように育てているのかお聞きしても?」

しのぶちゃんの質問は、過去に何度も色んな人にされてきた。けど決まって次の台詞を言えば、大正時代の人は不思議だな〜と驚きながらも、それ以上は追及してこなかった。この時代は、海外からの科学技術がまだ農村部にはそこまで浸透していないので、長く咲く花よりも、機関車や電話なんかの方がよっぽど不思議で理解不能らしい。

「ごめんね企業秘密なんだ。だけど山の綺麗な空気と常に幸せや愛情の中育ててるおかげもあるかな?」
「愛情でお花が長生きするのね。素敵だわ〜!」
「本当に、不思議です……」

しのぶちゃんは、数秒の間をおいてから、私と視線を絡み合わせる。

「いえ、不自然と言ってもいいかもしれません」

しのぶちゃんのはっきりした物言いに、犯人を追い詰める探偵の姿が重なって見えた。
この一言でしのぶちゃんが追及姿勢になったのを雰囲気で察し、内心の焦りを悟られないよう静かにお茶を飲んだ。隣の炭治郎君もしのぶちゃんの変化が分かったのか、生唾を飲み込んでいる。蜜璃ちゃんはパンケーキを口に含みながら、何が?と、のほほん顔。

「桜さん、次回東の町に来られた際はまたミムラスいただけますか?好きな花なんです」

あれ?追及してこない。普通の質問だ。なんだ気のせいだったかと安心して体の強張りをといた。この時、炭治郎君が「やめろその質問は罠だ」という顔で私にメッセージを送っていたのに気付けずに、このまま違う話に持っていこうと大きな声で答えてしまった。

「も、もちろん!しのぶちゃんのためならいくらでも用意するよ」
「ミムラスは春にしか咲かない花です」

捕獲成功と言わんばかりに笑顔を浮かべたしのぶちゃんの猛攻撃が始まった。

「桜さんに頂いた花や、売り物、薬屋に渡した薬草、お話に聞いた過去に販売した花達。多種多様な花がありましたけれど、それらをすべて桜さんがお一人でお育てになったのですか?花が育つ環境も必要条件も全て違います。一定の季節にしか咲かない花、外国の気候にしか適さない花。それらを全てを育てるとなると、広大な土地、莫大な設備と資金、専門知識が必要です。竈門君の住まいは山にあるので、土地には困らないかもしれません。けれど、他は?」

湯呑を持つ手がカタカタ音を立て震えはじめる。

「桜さんは、皆さんのために少しでも稼ぎたいと常々言っておりましたよね?失礼ですがとても懐に余裕があるようには思えません。よって、資金も設備もあるずがない。知識も、花言葉は勉強中で、私が2回目に薬屋でお会いした時にお話した薬草の知識に、真新しい情報と言わんばかりの姿勢でしたね。専門的な知識もあるようには思えません」

今までの人達が深く考え追及しなかっただけで、しのぶちゃんが抱く疑問はごく当たり前の事だ。私は誰も追及してこない事、大正時代というまだ発展途上の過去の時代だから大丈夫と慢心し何も考えずに行動していた。確かに、私の行動や言動を客観視すると、不可思議な点ばかりだ。

「それに、11月4日。桜さんと竈門君は、荷物をそのままに私達と合い、夕刻に花と炭を全て売りました。確かに花も炭もその時に完売したはずです。…ですが、次の日の朝。桜さんの籠には沢山の花が詰まっていました。竈門君の籠に他の荷物は入ってましたけど炭は入っていませんでした」

冷や汗が止まらず、湯呑の中のお茶がちゃぷちゃぷ音を立て今にも零れそうに波打つ。

「どうやって花を調達したのですか?」

しのぶちゃんは、私の些細な行動の矛盾を細かに指摘し、理詰めしてくる。
「よくわからないけど、しのぶちゃん頭いいのね」と感心している蜜璃ちゃんの言葉を聞きながら、焦りで口をパクパクさせながら答えられずにいると、しのぶちゃんの次の言葉で、大きく心臓が飛び跳ねる。

「私は、この町で藤の調査をしていると言いましたが、去年の冬に突然咲き、御神木として崇められた藤の花の調査もしていました」
「ひゃっ?!」
「え!!」

私と炭治郎君は何か秘密がありますと言わんばかりの、おおげさな反応をしてしまう。

「同時期に起きた事件と共に、私達の仕事と関係していると思ったからです」

私と炭治郎君の目には、しのぶちゃんが探偵服を着ているようにしか見えなかった。

「その藤の花は真冬に突然狂い咲き、一月半程で突然枯れました。発見当初その藤の根本にはおぞましい程の血痕と花木に沿うように円状に地面が深く抉れていた。《人外》の仕業としか思えません。…………桜さん、あなたは去年の冬に家をなくし、怪我をし東の町で倒れているところを竈門君に助けられたと、そう言っていましたね」



「何か関係があるのですか?」

がこん。と音を立てた後、お茶がテーブルの上にこぼれ広がった。動揺のあまり握っていた湯呑をこぼしてしまったのだ。まるで答えを示すかのようなミスを弁明しようと、慌てて口を開く。

「ぜ、全然関係ないよ!フジの花が咲いた事と私は、ずっごい無関係だし、お花も頑張って育てただけだよ?!ねっ炭治郎くん!!??」

助けて!と炭治郎君に話を振れば、

「え?!………は、はい!!」

炭治郎は目線だけ上に向け、口をぎゅむと噛むような、いつか見たおかしな表情のまま言った。

「桜さんとご神木の藤の花は関係ないです」

はい人選ミス〜〜!!もうこれ以上ない程に嘘ついてますって顔の炭治郎君。私も人の事言えないほどに動揺したけど、炭治郎君のあまりの変顔に、こんな顔見たこと無いと衝撃を受け固まる二人。空気がギャグちっくに変化したのが分かった。
器用にも炭治郎君は変顔のまま続けて話す。

「桜さんは、不思議な力なんて持ってないです」
「ちょ…ま」
「花は幸せで咲かせてません。種から育てました」
「ま…たんじ、…まって!」
「桜さんは」
「炭治郎君?!もういいよ、ありがとう?!(嘘つかせて)ごめんね?!」

炭治郎君なりに私を助けようと頑張ってくれているのか、まだ喋ろうとするので、無理矢理口を両手で押さえる。

「もごもご」
「もう本当に大丈夫だから?!気持ちだけ受け取っておくから?!ねっ?!」

炭治郎君が正直者なのはよく分かったから、今だけは大人しくしてて?!


「ふっふふふ、あはは」

しのぶちゃんはいつものような上品で控えめな笑いではなく、声を大きく上げて笑ったので、珍しい姿にきょとんとなった。

「すみません。桜さんの焦り方が可愛らしかったので、つい、いじめすぎちゃいました」

しのぶちゃんは、自分で頭をこつんと叩いた。蜜璃ちゃんは、テーブルのこぼしたお茶をふきながら、キュンと頬を染めている。うん。蜜璃ちゃんが頬を染める気持ちわかるよ。今のしのぶちゃんめっちゃ可愛いかったもんね?可愛いかったけど、…えげつない攻撃力の精神攻撃だったよ?高火力の毒付与つきの必中クリティカルヒット。理系らしく重箱の隅をつつくような毒攻撃なのに、パワーアタッカーのような高火力かつ、必中クリティカル。しのぶちゃんのしたたかな面を垣間見た気がして、嬉しいような怖いような…。そんな気にさせられた。


「今は、深く詮索はしません。私にもお話できない事がありますから」

しのぶちゃんは、ひとしきりに笑った後落ち着いたのか、いつも通りの様子で話しながら、紫色の生地に蝶柄の風呂敷を取り出しテーブルの上に置いた。

「代わりにと言ってはなんですが…一つ協力していただきたいことがあります」

広げられた風呂敷の中には、一つの花が入っていた。


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