62:生涯の
空間調節器のない大正時代の10月の早朝は冬のように冷え込んでおり、自身の体温で温まった布団から中々抜け出せずにいた。それでも、そろそろ起きて準備しなきゃ、と布団の中でもぞもぞしていると、布団の隙間から隣の桃色と薄緑色が視界に入り込む。
少しの隙間を残して、くっつくように並べられた隣の布団に、毛布と寝間着をはだけさせた蜜璃ちゃんが、すぴすぴと寝息を立てていた。寒さに震えながら上半身を起こし、布団をかけ直してあげれば、ふにゃりと和らいだ表情。可愛らしいなぁと癒されながら、朝の支度を始めた。
昨日、食事も終え後は寝るだけとなった時に蜜璃ちゃんから「もう少しお話しましょう?」との言葉に、話足りないと思っていた私は二つ返事で誘いに応じた。
急遽取った蜜璃ちゃん用のお部屋で、お話をしたのだけれど……。なんというか…、蜜璃ちゃんとは会って間もないのに、波長が合ったのか、それとも同じタイプの人間なのか、面白いくらいにお話や意見が合って、日付が変わった後もずっと楽しくお話を続けていた。
あまりの盛り上がりに、長年親友だった人と一緒に旅行に出かけた初日の夜ってこんな感じなのかなと安易に想像出来た程。このまま交友関係を続けていけば、本当に親友になれるのではないかと予感めいたものを感じた。それは、蜜璃ちゃんも同じだったらしく、それを互いに雰囲気で感じ取り、気恥ずかしさから微笑み合った。
そして朝。花を売りに訪れたのは中央広場。蜜璃ちゃんは、葵枝さんと竹雄くん、茂くんと共にお土産の桜餅の買い出しを手伝いに行ってくれるらしく、その後でこの中央広場で合流する約束になっていた。
大きなあくびを噛みしめながらの花売りも終盤になった頃、上品な声で遠くから呼ばれた。
「桜さん」
「あ、しのぶちゃん」
昨日と同じ、学ラン風の制服に蝶々柄の羽織を羽織ったしのぶちゃんに、こっち〜と手を振れば、穏やかに笑いながら歩いてきて私の正面に立つ。
「おはよう。あの後大丈夫だった?」
「えぇ。ご心配ありがとうございます」
「害虫駆除、だっけ?」
本当は凄く心配なのだけれど、あまり話を聞かれたくなかった様子だったので、あえて、比喩として使われた表現を使用する。
「ふふ、はい。小汚い害虫は完璧に排除しました」
毒のある笑みに、しのぶちゃんの《害虫》への嫌悪感が感じ取れた。笑顔の裏に潜んだ毒に気づきながらも、冗談を織り交ぜ場を和ませる。
「そっか。無事で何よりだよ。できればカマドウマって気持ち悪い虫も駆逐してほしいですっ…!」
「桜さんが望むなら、毒をもって全滅させますよ?」
「あれ?冗談なんだろうけど本気に聞こえる…」
「本気、ですからね」
くすくすと笑うしのぶちゃんとそのまま雑談を続けていると、茂くんの元気な声が聞こえてきた。
「桜おねえちゃんただいま〜!桜餅いっぱい買ってきたよ〜!」
しのぶちゃんの後ろの方から、蜜璃ちゃんと葵枝さん達が歩いてくるのが見えた。私と目が合った茂くんは、小走りで私の横に来て、「見てみて〜いっぱい買ってきたんだよー」と、嬉しそうに掲げた袋には桜餅が10個ほど入っていた。それは竹雄くんと癸枝さんの持つものと合わせると5袋あった。
これは食べきれるのかな…、ノルマ一人6個以上だよと心配になる。すぐに脳裏に浮かんだのは、食べ過ぎてお腹を壊している竹雄くんと茂くんの姿。家に帰ったら、胃薬を用意しようと密かに決意しながら、買い出しに付き合ってくれた蜜璃ちゃんにお礼を伝える。
「蜜璃ちゃん買い出しありが………あれ、二人ともどうしたの?」
蜜璃ちゃんとしのぶちゃん。二人は時が止まったように、お互い見つめ合って、びっくりした様子で固まっている。
「「その隊服……」」
そう言った後に、それぞれに思う所があったのか、蜜璃ちゃんは恥ずかしそう両手で真っ赤な顔を覆い、しのぶちゃんは呆れた様子で額に手を当てため息を吐いていた。
「え、もしかして二人とも…知り合い?」
「いえ。初めて会いました。けど、まぁ…同じ仕事をしている、と言った所でしょうか」
「それ仕事の制服だよ…ね?(胸の部分以外は)似てるなとは思ったけど、まさか同じ仕事の人だったとは!」
「このような場所で偶然会うとは思わなかったので、驚いています」
「すごい!友達同士が同じ仕事場の人だったなんて!なんか運命みたいだね」
嬉しいなぁと微笑めば、しのぶちゃんも甘い笑顔を返してくれた。
※大正コソコソ噂話※
しのぶ「私の隊服が通常で、彼女の隊服は……、少し特殊ですので」
蜜璃「だって、女性の制服は皆これだって聞いたんだもの……!」
桜(あ、やっぱ蜜璃ちゃんの制服は変わってる認識で正解だったんだ)