30:あなたの幸せはなんですか?

禰豆子ちゃんは、紅く染まった顔を両手で隠している。

「一瞬で顔がかぁーと熱くなったのがわかったの。なんだか、すごく恥ずかしくて……。顔をみると、心臓がきゅっと痛くなって、顔が見れないの…。こんな気持ち初めて……。この気持ちに名前をつけるなら、なんていうの?」


それは、恋だよ。
と場面が場面なら言いたい所だが…。

「それはね、イタイ人を見た時の憐れみと恥の気持ちだよ」

熟したトマトより赤い顔で、滝のような涙を流しながら答えてあげた。

あんなにノリノリでやったのに、結局何もならなかった。スズランも種も何も変わらず、ただそこにあるだけ。
皆があんなに…!あんなに、ヨイショするから…!ううん、調子にのったバカな自分が悪い。有頂天になっている数分前の自分を叩き倒したい…。誰よりも早く黒歴史にページを刻むのはお前になるぞ!って。あぁ恥ずかしい。なにあの聖属性ヒロインみたいな詠唱。ポーズまで決めちゃってバカじゃないの…。もっと普通に控えめに試すようにやっておけばよかった…。
それでも、いいの。と涙を流し続けながら部屋の中を見渡す。私の尊い犠牲で皆が冷静になってくれたから。

竹雄くんは私の失態を見て、目が覚めたようにハッとして右手を見ながら「俺はああなるところだったのか」って呟いてるし、花子ちゃんでさえフォローなく視線を逸らしている。六太君は哀れみの目で、失敗をした子犬を慰めるように私の頭を撫でてくる。茂君は直立不動で顔を両手で隠し、葵枝さんは頬を染め口に手を当て「まぁ…」って言ってるし…。炭治郎君は、鈍感なのか優しいのか、何を恥ずかしがる要素が?と家族と私の反応に?マークを浮かべおろおろしている。…ありがとう。


「あの。やっぱり、条件があるんじゃないですか?」

空気を変えるように炭治郎君は続けて話す。

「さっきすずらんが咲いた時に幸せ、嬉しいって言っていましたし、そういった気持ちが必要だと思います」

真っ赤な顔のまま答える。

「…確かに、スズランが咲かなかった時との違いは、感情の違いかも…」

一回目は、何も考えてなかった。
二回目は、禰豆子ちゃんに巾着もらって嬉しかった幸せだって思った。
三回目は、調子にのった。

なら、花が咲くのは幸せを感じることが条件なのかもしれない。
真っ赤な顔を気を締めるように両手で叩き、気合いを入れ直す。バッと勢いよく、残っていたスズランの種を全部手に取る。他の皆を見るとまた恥ずかしさが溢れてきちゃうから、炭治郎君だけを視界に入れる。

「幸せ…幸せ…」


《あなたの幸せはなんですか?》

と、問われたら何を思い浮かべるだろうか。
浮かんだ光景は、自分の家族と何気なく過ごしている日常。お母さんと一緒に買い物して楽しんでいる時、お父さんと美味しいデサートを食べている時、弟の笑顔をみている時、友達とくだらない話で笑いあっている時、今日も楽しかったなと布団の中で微睡んでいる時、誰かに必要とされた時、感謝された時、旅行で楽しんだ時、ずっと欲しかったものが手に入った時。
大正時代に遡る前は、そう思っただけだろう。だけど今は、それだけじゃない。
死にそうになって初めて気づかされた《生きたい》って強い気持ち。今、生きていられるだけで幸せなのに、優しさと温かさを教えてくれた、居場所をくれた竈門家の皆。手を差し伸べてくれた炭治郎君。

よし、イメージは完璧だと、種を握りつぶさないように炭治郎君の両手を握り、幸せを言葉にする。


「ありがとう。私、今、生きていて幸せです。皆と一緒にいれてすっごく幸せだよ!」


言ってすぐに、炭治郎君と重なりあった手に握った種を見ると、先程と同じように淡い光を纏った後に、白い花が咲きスズランに変わった。花束になったスズランを炭治郎君に、あげるね、と言って手渡す。
やはり炭治郎君の考察通りに花を咲かせるのには、幸せを感じることが条件なのだろう。

「あらあら、まぁまぁ」
「お兄ちゃん大丈夫?」
「!……」
「キタコレ」
「ぜんぶ咲いた!」
「またはなさいた!桜おねえちゃんすごーい!」

上から年齢順にじゃべってらっしゃる竈門家の皆様。

「咲いたけど………でも」

少しだけ肩透かしな気持ちにもなってしまう。一度、ファンタジーゲームみたいな能力を想像してしまったから、花を咲かせるだけの力がショボく感じて微妙な気分だ。だって、花を咲かせるだけなんて、飾るか売るくらいしかできないじゃないか。

「ん?売る……。……あ、そうか」

売ればいいんだ。







※大正コソコソ噂話※
エクスペクト・パトローナム!!的な。


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