151:殺意、四割増し 

「ーーーおー…!」


声が聞える。


「ーーい!ーきろ」


知らない人の声だ。


「ーつー!ー寝てんーー」


何を言っているんだ?


「柱の前だー!!」
 

柱ってなんだ?


「おいっ!いい加減におきろ!」
「!!」

腹に衝撃を感じて、反射的に視界が開ける。

「甘露寺様にいつまで膝枕してもらってるんだ!」

ガッと広がった視界に目新しい情報が一斉に叩きつけられた。
地面は白い砂利が敷き詰められ、汚れのない白さは太陽の光を反射させやや眩しい。少し目線を上げると、立派な屋敷と趣のある庭木。どこかの庭園にいるようだが、外界から隠すように囲まれた塀が少し物々しい。

「ここは…」

見たことのない場所。嗅いだごとのない匂いに困惑しながら、更に視線を上げると、こちらを見下ろす五人の男性と、よく知った懐かしい人物。

「しのぶさん……」

隊服姿のしのぶさんは、東の町で見せていた笑顔とはまた違った、見本のような微笑みを浮かべている。

「ここは鬼殺隊の本部です。竈門くん」

思い出される、那田蜘蛛山での記憶。どうやらあれから随分長いこと気絶してしまっていたらしい。

「それと、そろそろ……そこから離れた方がいいかもしれませんよ」

耳打ちするような仕草で、忠告しましたからねと告げるしのぶさん。ぼんやりとした思考のまま首を傾げると、ふにゃりとした感触。

(ん?そう言えば地面は砂利のはずが、妙に柔らかいな…)

腹筋を使って上半身を起こすと、空気の流れにのって桜餅の匂いが鼻を擽った。

「あっ、まだ怪我治ってないから無理に動いちゃだめよ」

聞き覚えのある声にまさかと勢いよく振り返れば、そこには予想通りの、だけど意外な人物が。

「か!甘露寺さん?!」

横座りした甘露寺さんの装いは、多少…いや、…だいぶ変わっていたが、鬼殺隊の隊服であった。

「甘露寺さんも鬼殺隊?!」
「………………」
「か、甘露寺さん?」
「…………………」
「……?」

甘露寺さんはハの字眉のまま、俺を黙って見ていたかと思うと、次の瞬間には滝のような涙を流しながら、大きな声で泣き出した。

「うわ〜ん!!ずっと心配してたのよ!無事で本当に良かったわ〜!」

疑念や殺意、嫌悪感、憐れみ、苛立ち、無関心など、好意的でない匂いが充満するこの中でただ一人、何の裏表もなく身を案じてくれる甘露寺さんの優しさを感じ、少しだけ心の落ち着きを取り戻せた。

鬼殺隊の本部、柱、二年ぶりに再会した二人が鬼殺隊だったなど情報過多で疑問府ばかり浮かび上がってくるが、まず第一に禰豆子だと周辺を素早く見渡すと、数十歩先に背負い箱を発見した。

「禰豆子!」

駆け寄って箱を抱きしめれば、中からカリカリと爪でひっかく音。聞き慣れたその音に安堵の溜め息と共に身体の緊張がとけた。

「まずは、竈門君のお話を詳しく聞かせてください。事によっては処遇も変わっ」
「話を聞くまでもない。胡蝶の話も、冨岡の話も信じるに値しない。隊律違反にかわりない。鬼もろとも殺してしまえ」

しのぶさんの声を遮って発言したのは、松の木の枝にもたれ掛かるように座った男の人。左右で違う眼の色や包帯で隠された口元も特徴的だが、それ以上に首元に巻き付いている白い蛇が目立った。
この場にいる誰よりも強い攻撃的な匂いをまとっており、目が合うと、蛇に似た鋭い眼光で忌々しげに睨まれた。

背の高い他の3人も、蛇に似た人の意見に口々に同意し嫌な空気の流れが生まれ始めたが、それを裂くように甘露寺さんがビシッと手をあげた。

「あ、あの!だけど、お館様がこの事を把握してないとは思えないの。……だからお願い。炭治郎君のお話を聞くだけ聞いてほしいの」
「………」
「炭治郎君ったら、とってもいい子なのよ?ほ、ほんとよ!あ、伊黒さん、煉獄さん!話してた子の一人よ!あの妹弟想いの!桜ちゃんと仲良しの!」
「…………か、甘露寺…」
「…ごほん。お館様から裁判をして処罰をしろとの命令は下っていません。事情は先程しっかりとご説明したはずでし、下された命令は“本部へ連れ帰れ”のみです」

しのぶさん、甘露寺さんが作ってくれた発言の場。しのぶさんに目線で促されるまま、慎重に口を開く。

「…俺の妹は鬼になりました。だけど人を喰ったことはないんです。今までもこれからも。人を傷つけることは絶対にしません!」
「くだらない妄言を吐き散らすな。そもそも身内なら庇って当たり前。言うこと全て信用できない。俺は信用しない」
「聞いてください!俺は禰豆子を治すために剣士になったんです!禰豆子が鬼になったのは二年以上前のことで、その間禰豆子は人を喰らったりしていない!!」
「人を喰ってないこと、これからも喰わないこと、口先だけでなくド派手に証明してみせろ」
「あぁ哀れな。鬼に取り憑かれているのだな」

一切聞く耳を持たないといった様子に、額から汗が流れ落ちる。
  
「妹は俺と一緒に戦えます!鬼殺隊として人を守るために戦えるんです!!だから!」

どうする、どうすれば証明できる。考えろ、考えるんだ竈門炭治郎!

「オイオイなんだか面白いことになっているなァ」
「……!」

突然、箱が勢いよく持ち上げられた。反動で身体が前のめりに倒れる。そのまま振り返り見上げた先には、血走った眼をした全身傷だらけの男。……そして強い怒りの匂い。

「鬼を連れてた馬鹿隊員はこいつかィ。一体全体どういうつもりだァ?」
「不死川さん勝手なことはしないでください」
「え?え?不死川さんったら、一体何をするつもりなの」
「鬼が何だって?坊主ゥ。鬼殺隊として人を守るために戦えるゥ?そんなことはなァ」

しのぶさんの牽制を無視した傷だらけの人は、あ、と思う間もなく日輪刀を箱に突き刺した。


「ありえねぇんだよ馬鹿が!!」


怒りで視界が真っ赤に染まった。






※大正コソコソ噂話※
原作と違ってしのぶさんと蜜璃ちゃんという強大な味方?を得た代わりに、伊黒さんからの嫌われが半端なくなりました(膝枕されてるし、泣かせるし)。きっと柱稽古ではネチネチ度爆上げだと思われます。

ちなみに東の町で桜はしのぶさんと蜜璃ちゃんの隊服姿を見ていますが、炭治郎さんは一度も見たことがありません。なので再開するまでの間、桜は二人が鬼殺隊であったと気付きましたが、炭治郎さんは全く予想していませんでした。


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