150:那田蜘蛛山
お館様から直接任務を下され向かった那田蜘蛛山。繭の糸を操る鬼を滅殺し、蜘蛛にされた隊士の救護を終え、任務の相方である冨岡さんを探しに行けば、二町程先に鬼の気配と冨岡さんを発見。
鬼を目の前にしていると言うのに、冨岡さんは動く気配を見せないどころか、日輪刀すら構えず丸腰の状態だ。普段からぼうっとしているとは思っていたが……。
「まったく、天然ドジっ子なんですから」
呼吸で加速しながら日輪刀に毒を張り巡らし、鬼を庇う様に覆い被さっている人の隙間から見えた鬼の頸へ一突き。
「あら?」
キンという金属同士がぶつかり合う音。苛立ちを隠しながら地面へ着地後、振り返る。
「どうして邪魔するんです?冨岡さん」
太刀筋は鬼の頸へ一直線だったはずなのに、助太刀に入ったはずの本人に邪魔されるなんて。
「鬼とは仲良く出来ないって言ってたくせに。何なんでしょうか。そんなだから皆に嫌われるんですよ」
ムッとして思わず余計な一言を言ってしまったが、私から鬼を隠すように立ち、日輪刀を構える冨岡さんに対抗して切先を真っすぐに向ける。
「さぁ冨岡さんどいてくださいね」
「……俺は。俺は嫌われてない」
「あぁそれ…。すみません嫌われている自覚がなかったんですね。余計な事を言ってしまって申しわけないです」
冨岡さんが自覚していないのは百も承知。ちょっとした仕返しのつもりで言い返せば、よほど衝撃だったのか固まったまま動かなくなってしまった。
(また、鬼を目の前にしてボーッとして……)
溜め息をぐっと堪え、先に人命救助に当たることにした。
立ち位置を二歩ずらして呼び掛ける。
「坊や」
「はい!!……って」
「坊やが庇っているのは、鬼で……え」
呼び掛けたと同時に雲から満月が姿を現し、互いの顔に月光が差す。不明瞭から鮮明に移り変わって視界が捉えたのは、緑と黒の市松模様の羽織りに、痣のような額の傷。驚愕に目を見開き口をわなわなさせている少年は……、2年前行方を探していた人物ではないか。
「竈門、炭治郎君…」
「しのぶさん!?」
目を凝らせば、地面に伏している鬼は横顔しか見えないが、こちらも見覚えがあった。
「え、あ?!しのぶさんが鬼殺隊?!え?!」
「竈門君、その鬼はもしかして」
「あ、はい!禰豆子です!妹の禰豆子です!!」
「一体いつから……」
「2年前家族が殺された時、その時に禰豆子が鬼に」
「あの時…、そうですか…。………禰豆子さんが鬼になってしまったのは痛ましく悲しい事です。ですが、人を襲う鬼を庇うのは鬼殺隊として看過できません。それに冨岡さんとはどういった関係です」
「禰豆子はこの2年間人を喰ってません!本当です!冨岡さんは2年前のあの時に助けてくれたんです!だから!…っぐ」
興奮して傷が開いたのか、竈門君は痛みを堪えるように黙りこんでしまう。冨岡さんはいまだに竈門君と禰豆子さんを庇う姿勢を崩さない。
「………」
竈門君からもたらされた情報と状況、過去の記憶を照らし合わせながら思考を巡らせる。
(桜さんと竈門家の皆さんが襲われた日、禰豆子さんは鬼にされ竈門君は生き残り、そしてその時に冨岡さんに出会った。あの冨岡さんが何の理由もなしに鬼を庇うのはありえません。竈門君の話す通りに、禰豆子さんが人を襲っていないのは事実?それに竈門君の緑と黒の市松模様の羽織の下は隊服。という事は、竈門君は鬼殺隊士。そして竈門君が鬼殺隊にいると言う事は、だれか育手の元で修業したはずです。状況からして冨岡さんの育手でもある元水柱……、たしか名前は鱗滝左近次さんでしょうか。おそらく彼も禰豆子さんを庇っている可能性が高いですね…。……ならなぜ、2年前に二人の行方を尋ねた時に、冨岡さんは知らないなどと?………まさか)
とある可能性が頭をよぎり、嫌な予感がしながらも問いかける。
「冨岡さん、私あなたに確認しましたよね?竈門炭治郎と禰豆子という人物を知らないかと」
「……」
相変わらずの無表情ながらも、どこか気まずそうに視線を逸らした。その仕草だけで悟ってしまう。
「呆れました。まさか名前も知らなかったのですか?」
「……………」
無言は肯定なのだろう。ずっと我慢していた溜め息がおもわずもれてしまったのは、仕方のないこと。
「…もっと早く知れていれば…」
改めて竈門君を見る。満身創痍ながらも、禰豆子さんを庇う手の力を緩める気配はない。
鬼殺隊の身でありながら鬼を連れて歩いて任務にあたっているという事は、この状況をお館様がご存じでないはずがない。本来なら隊律違反として罰するのが正しいのだけれど色々と引っかかる事が多すぎる。
それと鬼殺隊士としての本分を忘れたつもりはないし、いざという時の覚悟もある。…が正直、旧知の中である二人にはそれなりの情もある。この複雑な状況どうしようかと考えあぐねていると、鎹烏が東から姿を現した。
「伝令!伝令!炭治郎、オヨビ鬼ノ禰豆子ヲ本部へ連レ帰レ!」
鎹烏が三度伝令を伝え消え去った後、互いに無言のまま戦闘体制を解き刀を鞘におさめた。
この頃合いでの鎹烏からの伝令。お館様は現状を把握した上で、何かしら意思があって命令を下したのだろう。どこかほっとした感情を抱きながら竈門君に近づき薬水を渡す。
「飲んでください。鎮痛薬が入っているため楽になります」
竈門君は急に状況が変わった事を上手く飲み込めないのか、私と冨岡さんを交互に見比べているだけで中々薬水を受け取らなかったが、冨岡さんの大丈夫だという頷きに促され、薬水を受け取り口の端からこぼれる勢いで飲み始めた。
「怪我が治ったわけではないので無理はいけませんよ」
速攻性のある鎮痛薬だ。薬水を飲み終えた直後、痛みが僅かに引いたのか肩の力が落ちた。
「簡易的ですが手当てもしましょう」
「禰……は…」
竈門君が小さく言葉を零す。
「はい?」
「禰豆子は、も…、大丈…ですか」
顔をあげ、祈るような目つきで禰豆子さんの安全を訴えてくる。自分の事よりも鬼である禰豆子さんを心配する姿に、姉さんの姿が脳裏をかすめた。
「ええ、今は。竈門君と禰豆子さんは保護し、命令通り本部へと連れ帰ります」
「そで…か、…よ…った」
私の言葉に安心して気が抜けたのか、竈門君はその場に倒れ込んでしまう。冨岡さんは気絶した竈門君を担ぎ、同じように禰豆子さんを担ぐとさっさと歩き出した。
…全く。「いくぞ」くらい声かけできないのでしょうか。冨岡さんはいつも言葉が足りなすぎる。
その気持ちを一つの大きな溜め息に込めて吐き出す。
「何があったのか話してください」
冨岡さんの後を追い話しかければ、冨岡さんは一度目を閉じて、思い出すように語り始めた。
「…あぁ。あれは二年前」
※大正コソコソ噂話※
一町は約109mです。
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