なんて、心地好いのだろうか。全てのしがらみや迷いを昇華し、なんの憂いも罪悪感もない、高揚感さえ沸き立つ、この感覚。ただ一つの事だけを考え成せる無限の力を感じる。
この過去を変える力と黒い彼岸花の力さえあれば、ワタシの望む未来へと変える事ができる。炭治郎君、禰豆子ちゃん、竈門家の皆が犠牲になることなく、幸せなまま暮らせる未来を!
そのためには、どんな犠牲を払ってもいい。
「マズハ、アノコノチカラヲ、モラワナイトネ」
少し離れた場所にある、山のように重なった瓦礫の隙間から、微かに感じる生命の鼓動。僅かに聞こえてくる呼吸音を頼りに進み、唯一の生き残りの前に立ち見下ろした。
下半身は瓦礫に埋まり、欠損した両腕と頭側はまだ修復途中。鬼であるはずなのにここまで治りが遅いのは、無惨の攻撃のせいなのか、半端者のせいなのか、もしくは愛する人を奪われ生きる気力を失ったか…。
鬼の兪史郎くんはワタシに気付き顔を歪めた。
「だれ、だ……」
「ワタシダヨ。ユシロウクン」
「その、声、桜か…?!」
そうだと答える代わりに頷いた。
「その、姿、目…は、……鬼か?」
血を失った青白い顔から更に色を失くし、怯えたように声を震わせている。
(姿……?)
自身を写すモノを探したけれど周囲には瓦礫と死体しかない。仕方なく両手をみれば、左手だけ真っ黒に変色していた。そのまま胸、腰、足と視線を下げて確認すれば、左半身だけ、夜のような黒い肌へと変わっていた。
「それに…、その黒色の花は、……彼岸花か」
兪史郎くんがより目を見開き凝視するワタシの躰に巻き付くような大きな黒い彼岸花は、毒々しく咲き、どす黒い光を放っている。
あぁ……、客観的に見れば、今のワタシは鬼のような様だろう。けれど、力に代償は付き物。見た目などどうでも良い。ワタシにはそれを失っても問題ない程の力を得たのだから。
「タマヨサンヲ、ヨミガエラセテアゲル」
「!!」
どうでもいい会話を無視し、ワタシは愈史郎くんに甘く囁いた。
貴方が愛した珠世さんにもう一度会いたくないか。また、二人で誰にも邪魔されない日々に戻りたくはないかと。
そんな事出来るわけがないと言う彼に、力を見せた。
左手を翳すと空間が裂け、割れ目を生んだ。割れ目の中は、無限の宇宙空間に絵具を全て混ぜたような光景が続いている。
動揺し固まる愈史郎くんに、「これは過去への入り口。ワタシは過去に遡る力を得た。けれど、過去に遡れるのはワタシ一人だけ。だから、遡行したら、必ず珠世さんを死から救ってあげる。過去を変えれば、今のこの未来、結末を変える事ができる。そうすれば、貴方はまた珠世さんと一緒にいることができる」と話した。
愈史郎くんは、長い沈黙の後に「…どうすればいい」と言った。
察しがいい者との会話は早くて助かる。
その場でしゃがみ、愈史郎くんの頬に触れながら愛を囁くように言った。「過去に遡り珠世さんを救う。その代わりに、あなたの力を頂戴」と。
ワタシは無惨を殺せたけれど、それは、瀕死の状態で夜明けだったから成せたこと。過去に遡って、無傷の無惨を殺すのは、《今のワタシでは》難しい。
だからワタシはより多くの《力を奪って》強くならないといけない。無惨の死なくして、竈門家の幸せな未来は永遠に訪れないから。
どうやって力を渡す?そう言った愈史郎くんに、自身の躰に巻きつく黒い彼岸花を撫でながら、そっと囁くように教えてあげた。
ワタシはね、黒い彼岸花から力を授かったの。それは、
《ワタシが殺した相手の能力を奪う力》
「桜が殺した相手の能力を…、奪う」
そう。ワタシは誰かを殺せば殺す程強くなれる。
黒い彼岸花の力の発動条件が「自身の死」だったから、黒い彼岸花を食べた後も私はずっと弱いままだった。さっさと死んでいれば良かったのだけど、…あぁ。それをもってしても本当に素晴らしい。殺せば殺す程強くなれるなんて、なんて素敵な力なの。これさえあれば、炭治郎君を、禰豆子ちゃんを、竈門家の皆の未来を変える事が出来るわ……!これは黒い彼岸花がワタシに与えてくれた、まさに《祝福》の力!!
「ユシロウクン。サア、エランデ」
炭治郎君の折れた日輪刀を愈史郎くんの首に当てながら、うっとりと笑って口を開く。
このまま珠世さんがいない世界で苦しみながら生き続けるか、珠世さんを偲んで自害するか、ワタシに力を託して過去をやり直し、珠世さんの隣で再び笑い合う未来に変えるか。貴方は馬鹿ではないから、どの選択肢が最善かわかるでしょう。
だから、ワタシに殺されて、珠世さんのとの未来を想いながら死になさい。
-6:「を」と「が」の違い