目を覚ましてから自身の身体を見ると、両足も腹部の裂傷も大小様々な傷も、最後に受けた一撃の風穴も消えていて、血に染まり破れた着物が不自然な程、無傷だった。

ゆっくりと目線を下げると、冷たくなった炭治郎君と禰豆子ちゃんの着物。その傍らには、炭治郎君の折れた日輪刀。

目線を上げると、瀕死の鬼舞辻無惨と、欠損し血まみれの身体で戦う、最後の柱二人。

《私が生き返ってから、数分という所だろうか》

黒い彼岸花に全ての真実を聴いた私は、何の感情もない静寂な心のまま、目前の熾烈な死闘を静観していた。





太陽が登り始める数十秒前。最後の柱の二人は倒れ、動かなくなってしまった。身体中風穴だらけで、もう生前の面影もかわからない程の肉塊に朽ち、事切れていた。
けれど、無惨も死の間際だった。未熟児と芋虫を掛け合わせたような小さな肉塊は、陽光を浴び溶け始めている。それなのに、どこにそんな力が残っているのか、地面に潜り逃げようとしている。あと、一撃でも加えれば死ぬだろう身体を引きずり、生へとしがみつく醜いまでの生存本能だけを標に。

私は無感情のまま、炭治郎君の折れた刀を握りしめ、瀕死の無惨に突き刺した。純粋無垢な憎悪を力に変え、逃げようとする無惨を地面に縛り付けるように、太陽で焼き殺すように。



そして、鬼舞辻無惨は死んだ。



無惨が消えた地面から黒い彼岸花が一つ咲き、黒い光を生む。黒い光は私を包みこみ、私に力を与えた。
目を閉じ精神を集中させると、身に宿った力を感じた。濃い血の匂いがする冷たく横暴な力。

黒い彼岸花が消えた後、炭治郎君の亡骸を抱きかかえ、周囲を見渡した。鬼殺隊の誰のか分からぬもげた四肢や躰、元の色も判らぬ赤黒く鉄臭い地面、死屍累々のこの場所には、私以外《人間の》生き残りはいない。


「…………憎い」


別に神様が本当に存在するなんて、思ってなかった。だって非科学的じゃない。昔の人々が恐れた天変地異も、不可思議な必然も、誰かの意思を感じずには入られない生命の成り立ちも、全て科学的に証明された時代に生まれた私からしたら、神様なんて眉唾ものだった。けど、そんな私でも神を呪わずにはいられなかった。


だって、こんな結末は間違っている。


私達が何をしたというの。
家族を殺された、大切な人を鬼にされた、仲間を殺された、絆を嗤われた、居場所を奪われた。私達は被害者で、悪を罰する正義側だ。

普通は、正義が勝つはずだ。架空の物語だって、正義の勇者が悪の魔王を倒して、囚われのお姫様を救って、ハッピーエンド。最後に勝つのは正義。これが、正しい結末。本来あるべき姿。



「……全てが憎い」



なのに、なぜ、こんな結末になった。
私が黒い彼岸花の力を受けなければ、皆の命と引き換えに無惨を瀕死に追い込んでいなければ、私達は負けていた。


私達は何も悪い事していないのに。

こんなの理不尽だ。

なんの救いもない。

神も仏もない。

結局は力が全てなのか。

そこに善悪などないのか。



「………、」



無惨を殺せたとしても、炭治郎君がいない世界に意味なんてない。







だから、ワタシはやり直そう。未来を、過去を。







炭治郎君の亡骸と禰豆子ちゃんの着物を抱きしめ、優しく話しかける。

「炭治郎君、禰豆子ちゃん。こンナ未来、コンナ結末、間違ってルヨネ。でも大丈夫だヨ。私ガ未来ヲ、過去ヲ変エテ、カナラズ、炭治郎君モ禰豆子チャンモ、………ウウン!二人ダケジャなくて、竈門家の皆ガ死ナなイ未来ニカエルから。ワタシガ、皆ヲ助ケル、絶タイ」



黒い彼岸花が、正しい力の使い方、過去への行き方を教えてくれたから大丈夫。


「炭治ロウクン、マタスグニ会えるカラネ」


最後に炭治郎君の頬を優しく撫でてからゆっくりと地面におき、自身の胸に両手を当てた。



黒い彼岸花が教えてくれた。
私の花を咲かす力は、黒い彼岸花の力とは全く別のもの。私が生まれた時から持っていた力で、本当の能力は、花を咲かせる事じゃない。
《世界を越えた事で力の具現が変質して花を咲かせる力になっただけで、本来は心のありようで過去さえも変えれる力》。
黒い彼岸花が、花を咲かす生温い力から、過去へと遡る黒々しく鮮烈な力へと変えるのを助けてくれている。


そして、ワタシは自身の力に願う。


この身が地獄に堕ちようと、悪魔に魂を売ろうと、禁忌を侵そうと、ワタシは必ず、


「カコヲシュウセイシテ、シアワセナミライニ、カエル」




-5:歴史修正




※創作でよくみられる、審神者は闇落ちすると歴史修正主義者になる。という設定(非公式)を使用しています。


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