04
緩やかに流れて行く風景を僕はそこはかとなく眺めていた。
立海への道はまだ指で数えられるぐらいにしか通った事がない。
宣言どうり立海に登校すると言っていたけれども、もうこの時間だと授業は始まっているに違いない。
授業なんて微塵も受けるつもりなんて無いから罪悪感感なんてないけれど。
そしてこんな重役出勤で車で送られるなんて僕ぐらいのもの。
リムジンは目立つから止めてもらったが黒塗りの高級車には変わらない。
「お嬢様、到着いたしました」
運転手が車を開けて、そっと鞄を手渡す。
「ご苦労様だったね。
帰りはいつになるか予測不可能だから徒歩にするからね。
あぁ、そんな顔をしないでくれよ。
仕事を奪うのは悪いだろうし、お嬢様の僕を歩かせるわけにはいかないのは解るよ。
解るけれどやらなければならない事もあるに加えてなるべく隠密に動きたい。
餓鬼じゃああるまいし一人で帰れるさ」
何か言いたげな運転手に念を押して黙らせてから立海の校門をくぐった。
僕と言う特殊な生徒が何も言わずにいきなり保健室登校を始めたとなれば大人達は戸惑う事になるだろう。
僕は自分の特別性を十分理解しているつもりだし挨拶するぐらいの礼儀はわきまえている。
慣れない上履きに履き替えて職員室の扉を開ける。
中にいた教員は授業中のはずなのに生徒が現れた事にたいして不審と非難の眼差しを向けてきた。
「いきなりで悪いけれども校長先生様はいらっしゃるかな。
少々用事があるものでね。
霞ヶ丘が話をしたいと望んでいると言えば会って下さると思うよ。
それとも本日は欠席?
そうしたら誰か話が通る人でも構わないけれど」
霞ヶ丘、と言う名字で思いあたったのか僕の一番近くにいた男の先生が慌てて校長室に案内してくれた。
校長先生様は突然の人の訪問に怪訝そうな顔をしていたけれどそれも直ぐなくなり立ちあがって僕の事を招き入れてくれて。
「お久しぶりだね、校長先生様。
お元気そうで何よりだ。
突然の訪問で悪かったね。
僕としても昨日の夕方に決めた事だから連絡ができなかったのさ。
今、時間は宜しいかな。
大した用事ではないから手短に終わらせるよ。
無駄な時間を消費するのはあまりにも馬鹿馬鹿しいからね。
だから緊張しなくてもいいよ。
何か重要な事であったら僕の両親が出てくるから。
それに引きこもりでも霞ヶ丘の長女である僕が在籍する立海には問題なんてあるはずがなかろう?」
「まさかそのような事はないですよ。
さぁ、座って。
君、お茶とお菓子を持ってきてくれないか」
校長室の物はたいてい良い物のはずだけれども僕の家にあるソファーの方がいい物だな。
手短に済ますと言いながらも先程の教師がお茶を持って来るまで僕は無言を貫いた。
その方が相手にあれこれ臆測をたたせてプレッシャーを与えやすいのだ。
想像の内容によれば僕の頼みがすごく簡単な物だと錯覚を覚える。
僕の要求を呑ませる為のちょっとした心理作戦だ。
おー、校長先生様の汗が凄い事凄い事。
僕は運ばれたお茶を一口飲んで。
それからたっぷりと一拍おいてもったいぶるように口を開いた。
「しばらくの間、僕は学校に通う事にしたんだ。
授業には出たりしない。
今まで出ていなかった人間がいきなり教室に現れたらみんな戸惑うからね。
だから保健室登校と言う形になるかな。
何時までとかは解らないけれど、そう言う事だから宜しく。
それと授業中にあちこち歩き回っているかもしれないけど気にしないでほっておいてくれ。
そう教師の皆さんにも言っておいてくれたまえ。
それと生徒会室を自由に使用するから。
なんたって僕は生徒会長だからね!
そんな訳で合い鍵でもいいから鍵を僕が預かるよ」
隠しカメラを仕掛けるのはさすがに言えないかな。
仕掛ける場所をまだ決めていないし。
王道でいけば校舎裏、体育館裏、屋上、空き教室ぐらいか。
部室も可能性はなくはないけれどこれは両方がマネの場合だったらで今回は考慮の中にはいれなくていい。
後は神の子達に聞いてみないと解らないな。
「え、えぇ。
そうですか。勿論構いませんとも。
大歓迎ですよ。
生徒会室も自由に使ってどうぞ。
さすが霞ヶ丘 さん。
生徒会長としての自覚が大変おありのようで」
多少はごり押しだった事を認めよう。
チラチラと霞ヶ丘と言う大財閥の存在を見せていたのだから。
権力を使った。
世の中の「善人」は権力を使って他人を従わせるなんていけない事だなんて言うが僕はそうは思わない。
あるものを使わないなんて宝の持ち腐れだ。
それに権力は下位の物を多少なりとも犠牲にして出来上がる物。
なのにそれを使わないのは犠牲になった者であれ物であれそれらを嘲笑っているような事だ。
だから権力を使わないなんて言葉は自己満足からきた単なる偽善にしかならない。
でも、やり過ぎもいけないよね。
何事もそうだけど。
程々が大切。
「ありがとう。
それと放送を使っていいかな?
昼休みにでいいけど呼びたい相手がいるんだ。
君達の手を煩わせる事はしないよ。
自分でするから。
寧ろ、何もしない方が僕にとっては助かるから余計な事はしないでくれよ」
話しは終わりだ。
挨拶もそこそこに鍵を受け取って校長室を出た。
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