09


皇帝とおしゃべりしていたらあっとい間に保健室にたどり着いた。
おしゃべり一方的だったのが少し悲しいが彼は寡黙な性格なのだろう。
久遠さんを僕のベットの隣に寝かせる皇帝。
僕は自分のベットに腰掛けながら口を開く。

「そう言えば名前を言ってなかったな。
 僕とした事が申し訳ない。
 僕の名前は霞ヶ丘 斎だ。
 僕は学校に来て日が浅いのだけれども、それでも久遠さんの噂は僕の耳にも聞こえているのだ。
 久遠さんが倒れていた理由も容易に想像できよう。
 ようするに椎名さんの敵討ちだ。
 それでなくても久遠さんは三年生全体から嫌われているのだろう?
 一年生や二年生は学年が違うから関与している人はほぼいないのだろうが。
 皇帝も自分の所属するテニス部の大切なマネをいじめられて。
 それ以前に君の厳格な性格だとそんな事は許せないに違いない。
 なのに僕が頼んだとは言えこうやって運んであげる理由はなんだい?
 幾らいじめをする奴でも倒れた者をそのままほっとけないとそう言うのかい?
 これはたんなる興味で聞く質問だから深く考えなくていいよ。
 僕は君と仲良くしたいのでね。
 君の考えをこの僕に教えてはくれないか」
「……霞ヶ丘はこいつがいじめていると思うか?」
「質問を質問で返すのかい?
 それは冴えたやり方ではあるが褒められたやり方ではないな。
 そんな方法で僕を騙せないと言っておこう。
 しかし自分の意見を言う前降りとして言ってきたと言うならば答えようじゃないか。
 皇帝は他人の意見を聞いてコロコロ己の意見を変えるような男ではないだろうしね。
 僕はその質問に対してこう答えよう。
 『解らない』
 噂はかならずしも真実だけではないからね。
 それに僕は彼女達の事をあまり知らない。
 彼女がやるわけない、嘘をつくわけがないという確信もない。
 よって解らないのだ」

僕の答えに皇帝は少しだけ安堵したような表情を浮かべた。
僕の出方を伺っていたのか。
噂を信じている人に対して違う意見を言うと対立しかねないからね。
懸命な判断だろう。
流石、皇帝と言われる人だ。強いだけではない。

「俺は久遠がいじめた場面を一度だって見た事が無い。
 かと言って久遠がいじめているとも言いきれない。
 俺は見た事だけを信じる。
 だから俺はこいつを嫌ったりはしない。
 好んだりもしないが」

神の子から単純馬鹿と散々聞かされていたのだが。
なるほど、神の子の隣にいるにはそれだけはいられないだろう。
きちんと見極める能力があるじゃないか。

「そっか、そっか。なるほどね。
 ためになる話を聞かせてありがとう。
 彼女は僕が見ておくからそろそろ教室に帰るといい。
 授業がそろそろ半分を過ぎようとしている。
 皇帝なら一時間やそこらで置いてけぼりになるとは思えない。
 それでも僕のおしゃべりに付き合って授業に出られないなんて君に申し訳ないからね。
 では、また。また会えるといいね。
 いや、また会おう。
 絶対に。
 皇帝から僕に会いたくなったらここに来ると良い。
 たいてい此処にいるからね」
「うむ。ではまたな霞ヶ丘」

保健室から出て行く皇帝を見送って久遠さんに視線をうつす。
良く寝てるね。
羨ましい位だ。
外から見える怪我はないから彼女が目覚めないと治療はできないな。

「それにしても皇帝ね。やっかいな人だ」

僕は基本的に暴力という暴力を身につけていない。
僕にあるのは言葉のみ。
矛盾もなにもかも僕の言葉で曖昧にしてしまう。
論理を作り出して矛盾を納得させる。
そんな有様が僕の別称で蔑称である『矛盾包容』(ロジカルメーカー)と呼ばれる由縁だからね。
直訳で「理論製造者」
僕の前ではあらゆる矛盾も不条理も不合理も納得させてしまうのだ。
誰よりも、何よりも己の中で矛盾を持ち合わせるこの僕が。
でも彼は僕の、他人の言葉で揺るがない自信と精神を持ち合わせている。
相性が悪いとはこのことだ。
まぁ、だからといって屈するような僕ではない。
言葉が彼に通じないのはあらかじめ予想していたからね。
全然問題無し。
言葉が無理なら証拠を集めればいい。
納得できるだけの証拠があれば後は僕の言葉でどうにでもできる。
証拠があつまり次第って所かな。
彼を落とすには。

おっと、久遠さんが目覚めたね。
今は彼女をどう料理する事がけを考えようじゃないか。


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