01


side 乾 貞治

蓮二と口喧嘩では感情的になりすぎた、と思う所もある。
しかしやはり愛里への評価は撤回するつもりはないけれど。
今まで喧嘩らしい喧嘩はした事はなかった。
だからこのままの状態を続けるのに抵抗があった。
そもそも、だ。
喧嘩なんて無駄な行為は俺の美学に反する。
という事で偵察をかねて、自分の練習を早々に終わらせ立海のコートへ。
練習に打ち込んでいる、立海のレギュラーと我らが部長手塚。
俺は未だに何故手塚ごこちらに来ているかどうか理解しかねていた。
しかし今は蓮二だ、そう思ってコートに視線を走らせていると後ろから声をかけられた。

「どうしましたか、乾さん?」
「ちょっとね。君こそ本日は立海を回る予定だったのかな、真田さん?」

声の主は真田舞。
皇帝、真田弦一郎の妹。
そして仁王雅治の幼馴染み。
表情豊かではないのか、未だ変わった事を見た事がない。
相変わらずの無表情のまま全体を万遍なく回っているつもりですけれどね、と呟いた。
愛里は表情豊かで愛らしいのに。
どういう経緯で仁王の幼馴染みになったかは知らない。
けれど、唯一全くデータを摂れなかった仁王の幼馴染み故か。
真田さんのデータもあまり取れていない。
底の見えない、と言うべきか。
正直に言おう。
俺は、彼女を不気味だと思っている。

「蓮二先輩に用ですか?」

ほら、全てを見抜いているかのような言動。
歳より大人びているのは周囲もそうだから余り気にならない。
しかしあまりにも聡すぎだ。
この聡さはその歳にしては過ぎていて、達観しているかのような。

「データを取りに来ただけだよ」
「それは精がでますね。けれど、他校に来る余裕があるなら練習量を増やしても平気みたいですね」
「これ以上増やされたら動けなくなりそうだから遠慮して欲しいな」

不気味でも真田さんのトレーナーとしての才能は認めざるを得ない。
本当にきっちり効率のよい、そして実力ギリギリのメニューを渡してくる。
これでも無理しているのだ。

「そうですか?それでも全国に出ていた時とたいして変わらない練習量なはずですが」
「引退したから、体力が落ちているのは仕方無いのじゃないかな」

そう言ったら、呆れたような、そんな溜め息をつけれた。
年下の、ましては女子にそんな態度を取られたら神経に触る。
その点、やはり愛里は。
真田さんも綺麗な人だとは思うが、愛里にかなう者なんていまい。
さっさと帰って愛里に会いたくなってきた。

「それ、本気で言ってるんですか?」
「……どういう意味かな」
「仕方無い、なんて台詞、乾さん。
 全国に出ていた時にそんな事、思った事ありましたか?
 相手に負けたけど相手は強かったから仕方無い、なんて思った事はありませんよね。
 悔しくて努力しようと思ったはずですよ」

言葉に詰まった。
淡々とした物言に冷や水を浴びせられた気分だ。
確かにそうだ。
言い訳なんてしないし、もっと努力するだけなのに。
今は何も思わずに言い訳して。

「だから堕落したって蓮二先輩に思われるんですよ」
「……そこで蓮二が出てくる理由がわからないな」

苦し紛れにそう言えば、真田さんは黙る。
まるでそうしたければそうすればいいと言わんばかりに。

「私、立海のマネなんです」
「今更言われなくても知ってるよ」
「だからやっぱり立海のみんなが一番大切なんです」

真田さんの目が細められた。
大切だ、と。
心の底から思っている優しい色を瞳に宿した。
真田さんに感情を見たのは始めてで、内心動揺する。

「他校の事なんて本当はどうでもいいんですけれど」

ここで色がなくなっていつもの淡々とした物になった。

「蓮二先輩の心にひっかかかりを覚えて欲しくないです。
 大切ですから、体も、心も晴れやかであって欲しい。
 ですからさっさと仲直りして下さい」

あぁ、真田さんは全部知っていたのか。
どうやって知ったのか興味がある。

「でないと、手塚さんまで失いますよ」
「え、どういう」
「手塚さんは青学が好きだったみたいですけれど。
 心なんて移ろいやすい物ですから、どっか他校に行っても可笑しくないって事です」

では、私は仕事がありますから、と出てお辞儀して去っていってしまった。

「真田さん!」

慌てて声をかけると足を止めた。
振り向きはしない。

「全く、意味がわからない」
「わからなければ、いいです」
「……手塚は、仲間なんだ」
「誰が誰を信じようと、それは本人の自由です。
 他の誰かには口を出す権利さえ与えられません。
 だから、貴方が誰を信じていても私に口を出す権利はない。
 問題なのは信じる人の真実です」

言ってから真田さんは歩きだした。
今度は止められなかった。

結局、何も解らずに去っていってしまう。
俺の心に僅かな蟠りを残して。

信じる人の……?

それは一体、何なのか。
こんなままでは蓮二に会えない。
一回、戻るか。

side end



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