02
部屋がノックされる。どうぞと声をかけると入ってきたのは渡瀬先輩だ。
ベッドの上で仰向けになっていた身体を起き上がらせる。
「ねぇ、跡部君と樺地君が久々に一緒にいるのみたの。まだ仲直りしていたわけじゃないんだけど。
舞ちゃんが何か言っていたでしょう」
「さあ。自分の意志で主の下に戻ったんでしょう。私は知りませんよ」
「――そういう所、相変わらずだね」
小さく笑って、自分の鞄を漁り始める先輩を横目に見る。
「……雨だと、合宿だと室内が使えないから困るな、なんて来る前に思ってたんだ。
でもなんだか考える時間を与えてくれるようでかえってよかったのかも」
考える時間、か。そう、普段練習しているから自由な時間はかなりへる。
今日の雨は最後に残された自由な時間なのかもしれない。
それはつまり、最後に束縛されずに動ける時間というわけでもある。
……合宿の期間は長くない。
そのまま終わるまで待てば立海のみんなだけの空間にいられる、なんて甘い。
谷岡さんは現れる。絶対に。
「……ちょっと、出かけてきますね」
「うん?私は直ぐ出るよ?」
「会いたい人がいるんですよ」
首を傾げたが、そのままそっかと頷いてそのまま作業に戻ってしまった。
部屋から出ると何時の間にいたのだろう。小春さんが部屋の壁に寄りかかっていた。
「あーら偶然ね」
「人の部屋の前にいて偶然も何もないと思いますけれどね」
「そういう事にしておいて頂戴」
ああ、そういう事。
立海のみんなの動きは知らないけれど、嫌っている事にはかわりない。
青学は乾さん。
氷帝は樺地君などの谷岡さんサイドの人に揺さぶりをかけてきたけれど正直四天は手薄なのだ。
それは財前君とかが自ら道を示したいって思っているからだったけれど。
もうそうは言ってられなくなってきた。
だから小春さんに会いに行こうと思ってたのに。
本当に天才って人はタイミングが良すぎて困る。
「舞ちゃんってかっこええわ〜」
「それは貴方の相方に言ってあげたらどうですか」
「ええんよ。ユウ君にはあんぐらいで」
バランスの問題、か。
それがまた信頼の証か何かはわからない。
でもあのラブルスの後の小春さんの反応は実は冷たいよなー、なんて思い返してみる。
一氏さんもあんなにデレデレなのも普段のキャラからしてみれば可笑しいし。
たんなるネタにしてみれもそれを了承する人でもないように思えるけれど。
判断の悩む所だ。
「舞ちゃんは、騎士や。立海テニス部が王。
騎士は王に忠誠を捧げその手足となり、望みを叶える。
逆に王は騎士に未来を与えるん。王なくては騎士は騎士としてなり得ない」
「かっこいい例えですね」
「やろう?私は軍師。頭一つでみんなを導く。
でも、な。話を受入れてくれなかったらそれで終わりなんよ」
「……話は平行線だと?」
「私の言葉は今は独り言と同じやねん」
そういう小春さんは少し悲しそうだ。それはそうだろう。
もし私が同じ立場だったらと思うだけでぞっとする。
「舞ちゃん。ウチはあの子がなんだか恐ろしゅうてかなわんよ。
理屈が全く通じへん所とか。みんなも単純なのはそうだけれど、けっして馬鹿じゃあらへん。
なのに、盲目的に、信じてしまう所とか。おかしいやん。
何か歪な力が働いてるんじゃないかって疑ってしまう程になぁ」
谷岡さんがどうやってこの世界に来たのかは、わからない。
こういう場合。彼女は何かを犠牲にして無理矢理来たのだろうと、思う。
私や渡瀬先輩とかは望んでこの世界に来たわけではないけれど、事情が違うし。
その際の契約、の一部だとすれば変な補正がかかってしまっているだろう。
私の視点ならある程度想像もつく。
けれどそうでもない側の人間なら、ただ単に、無茶苦茶なだけだ。
「舞ちゃんに、お願いがあるん」
「……!」
この人に受入れられるような事は何もしてこなかった。
頭がいい人に下手に取り込むような策をしかけてもかえって悪くなる可能性が高い。
なのに、頼ってくれたという事。
少しは私を信用してくれたという事なのだろうか。
「舞ちゃん。貴女の力を貸してちょうだい」
目的が一緒なら、協力する必要がある。
それにこの人が一緒なら。
私は静かに頷いた。
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