01
がむしゃらに走っていたら、誰かにぶつかってしまった。
「おい、室内で走るなど……舞?」
ぶつかったのは、弦兄だった。
私の顔を見て眉をひそめたかと思うと静かに頬に触れた。
愛おしむような、労るような優しい手つきでそっと撫でる手つきになんだか照れてしまう。
「今にも死にそうな顔をしている」
一度死んだことはあるけれど恐らく血まみれになっていたのではないか。
出血多量で青ざめてるかもしれないが血のせいでわからなさそう。
もっともそれとは関係なく、死人の顔は青白いと相場は決まっている。
「何があった」
「何って……?何もないよ。弦兄ったら心配症」
「妹を心配しない理由がないな」
言いながらさらに眉をひそめて深い皺を刻んでいる。
「お前はすぐに何もないふりをする。それが上手いからなお手がつけられん」
「本当に何もないから当然だよ」
「……ちゃんと休んでるのか?仕事に一生懸命なのはいいが夜更かしはいかんぞ」
まったく、心配性の兄を持つと妹も大変だ。
それに少し可笑しい気分でいると胸の痛みが引いた。何故だろう。
ただ、弦兄の側はひどく安心する。
「舞!?」
兄弟同士の接触も駄目とかどんだけだ、弦兄。
ああ、でも私も弦兄もあまり触れ合ったりしないから仕方無いか。
「ちょっと、このままでいさせて」
ぎゅうと更に弦兄に回していた腕に力を込める。
狼狽えた弦兄は手の行き場を失ったかと思うと最終的に私の頭にぽんと手をのっけた。
「仁王がいるからこういう役目がくるとは思わなかったぞ」
弦兄からしてみれば私は誘拐されていたからこんなふうに甘えられる時期がなかったと思うのだろう。
私の実年齢を考慮するとされてなくても、してなかっただろうけれど。
「血がつながってるのは弦兄でしょ」
とくん、とくんと弦兄と鼓動が聞こえる。弦兄の、温もりが伝わる。
それを感じる事に安堵する私がいて。
「血が繋がっている事が家族である条件ではない。
幼少期一緒に暮らしていた仁王を家族と思うのは不思議ではないだろう」
「ハルと一緒に暮らしてたし、そういう家族愛みたいなものがないのは否定できないけどさ。
でもハルはどこまでも幼馴染みでしか私の中ではなかったよ。
じゃあ、その時期一緒にいられなかった私は家族じゃない?」
前世で家族というものがどれだけ不確かで曖昧なものか、知っている。
そのくせに、今、血の繋がりを持っているという事にすがっている私はなんとも滑稽なのだろう。
「違う。舞は俺の大切な家族だ」
迷いなく肯定してくれる。
だから私は弦兄が好きなんだ。
そういう人がいるうちは、私はまだ頑張れる。
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