追い求めるもの


「そういう事だから、よろしく」
「は?それ言ってどうすんの?」
「わかった」
「……わかったって。切るから」


月が出ていない夜は、よくない。灯りがない世界は有象無象が跋扈しやすい。
ただでさえ支配権は闇にあるというのに。
無機質な風が頬を撫でる。怖いほど静かな夜。冷たい外気が体を冷やす。

「――妙法」

ぽう、と胸元、正確には服の中にある首飾りについている勾玉がほのかに光が灯る。
これは媒介。なくても術は使えるが、ある方がコントロールしやすい。

「火車」

数多の火球が猛スピードで火力と大きさを増しながらアクマを飲み込んだ。
夜なのにそれを忘れさせるほどの明るさに熱気。
立ち込める煙の隙間から覗いたアクマの姿。それを月明かりを怪しく反射する刀が切り裂いた。
幾つか破壊した神田ユウは私の隣に着地。その眉間は寄せられている。

「おい、全部切れなかったぞ」
「当然。全部解いてないから」

神田ユウはレベル一ぐらい敵ではない。苦戦しているのは術で攻撃が当たる前に防がれるから。
だからこそ私がそれを火車が突き破ったのだけれど。

「全部やると一帯の森が焼け落ちる」
「構わねぇ。やれ」
「加えて、数が多いから破壊する前に術を結び直される」

舌打ちされた。面倒なのはこちらも同じだ。万能なわけじゃない。
それに、今の攻撃で相手に気づかれただろう。私という存在を。だから問題はない。
煙が晴れる。まだ数え切れないほどのアクマが空を覆い尽くしていて。その中央に、彼女。私の目的が。

「……お前」

憎々しげに、呟く。
以前会った時より少し落ち着いているようにも思う。表情は前の方が良かったけれど。

「お久しゅうございます、明里様。お元気そうで何よりで。また実力が上がりましたね」
「……そっちは相変わらず白々しいしくてスカしてるわね、澪」
「そういう性格でございますれば」
「私は帰らない」
「我が儘を仰らないで下さい」
「じゃないと実力行使しないといけないから?いいわよ。来なさいよ」

どうせこんな事になるとはわかっていたが、溜め息をつきたくなる。
戦闘体制になったのを見て渋々ながら地を蹴る。

「蔦葛」

数本のツルが明里様に襲いかかる。それは焼き払われてしまうが、術を使った隙に短剣で切り込む。
剣を明里様の獲物である鉄扇で弾き飛ばされ、近場の枝に降りる。

「術は切れてる」

視線は明里様から外さずに下で静観していた男に話しかける。人の戦いには手を出さない主義らしい。
自分には関係ない範囲の事だからかもしれないが。

「本当だろうな」
「私相手に広範囲に術をかける余裕はない」
「随分と、上からの目線、ね!!」

話しを聞き取られてしまった。問題はないけれど。
火球が飛んできたのを横に避ける。私がいた木は綺麗に灰に。見事な力だ。
火を最も得意になさっているだけはある。けれど。

「貴方様に術の使い方も戦闘も。教えたのはこの澪でございますので」

明里様は私の主。五年下の彼女の幼少の時から側にいた。
私も幼くはあったがそれでも一番近くにいたのは私だ。
実力以前に手の内を知り尽くしている相手。加えて、師でもある私の実力を知っているのだから。
それに今は。
幾度か武器と術を交えている途中。主の背後からアクマの弾丸が飛んでくるのを見て、思わず主を庇う。
地面に倒れる事で避けたが更に追撃がくる。術をかける余裕もない。
あ、死ぬ。なのに案外冷静で。死を恐れた事はないからか。
軽く目を閉じて衝撃を待っていたのにいっこうにこない。まさか。思って目を開ける。
抱きしめている主の驚きで固まっている顔が視界一杯に。

「おい、お前がいないとアクマが倒せねぇんだよ」

後ろから、声。確かに私が死ぬと明里様は術をかけ直すだろう。

「やる事あんのに途中で簡単に放り投げんな」
「悪い。助かった。でも、これで終わり」

抱きかかえたままの明里様の首を、一思いに、両断した。
鮮血がほとばしる事なく、人型の紙に明里様が変わる。

「必ず本物の貴方の下へ参ります」

呟いて、紙を壊れ物を扱うように紙を広い上げた。
座った体制のまま、振り返ると呆けていた表情をしかめる。

「それも術か。なら庇う必要はなかっただろ」
「自分を象った式は己の強さに比例して強くなる。
 だがその分、感覚が共有される。球に打ち抜かれる痛みを与えたくなかった」
「首を両断したら同じじゃねぇか」
「その前に術を切ったから問題ない」

敵ならそこから術をかけ本体に攻撃を与える。
が、今重要なのは力の形跡を辿って術者へと導いてくれるということ。

「私は主にあらゆる苦痛や愁いを取り除く為にある。
 我が身を差し出す事になんの躊躇もない。けど、逆に主の為ならどんな事でもする」

嘘をつく事も。裏切る事もだ。
そう言うと呆れた顔をされてしまった。
こっちは座っていて、ただでさえ長身な神田ユウとの差は見下された感じが否めない。

「目的を達成する前にくたばったら、意味ねぇだろうが」

そう、言いながらも手を差し出した。一瞬どういう事かわからなくて、少し驚いた。
他人を寄せ付けないオーラを出す神田ユウがこんなことをするとは。
礼をいいながら手を掴んで立ち上がる。
綺麗な手とは裏腹に皮膚は固く、鍛錬を積んでいるのがよくわかる。

「くたばったら意味ない。でもその心意気はわからなくはない」

今度こそ、本気で驚く。
けれど神田ユウなら目的の為に手段は選ばないタイプそうだ。
もしかしたら、私達は、案外、似た者どうしなのかもしれない。
私は陰陽師だからはっきりとまではいかなくても、魂は見える。
いままで、たくさんの人に会ったがここまで珍妙な魂の持ち主は初めて見た。
けれど、私は、神田ユウのことは嫌いじゃないかもしれない。

アクマを全部片付けたのを見届けたら言葉少ないまま別れたが、また会えたらいい。
コムイのせいで神田ユウの様子見をせられたけれど思わぬいい事があった。
だから、今日は決して悪くなかったと思う。
空が白み初めている。夜明けは近い。

「アクマ全部壊しちゃって、いいの?」

せっかく穏やかな気分ななりかけていたのに、空間が歪んだと思ったらファンシーな扉が現れた。
そこからニヤニヤと笑う男が。

「ティキ・ミック……」
「ブローカなのにそんな態度なんだ」
「あれは契約だ。やるべきことは果たしているから上下関係も、やる事も干渉される言われはない」

私に触れようとする手をはねのける。確かに私はブローカーをしている。
それは主を見つける為であって人を売る為ではない。
ゆえにコムイにいわゆる逆スパイみたいな事をしているのだけど。だからといえ教壇側の人間でもない。

「主人と、他人とじゃ性格が違うよな。お前」

当然だ。鬱陶しいという感情を隠しもしないでいるのにティキ・ミックは楽しそうだ。
なんだマゾなのかこいつ。

「おいマゾ」
「は?止めろよそんな」
「なんの用?用事があるならさっさとして」
「言葉を遮るなよ……。ま、いいや。ただその忠誠心のもとが気になってな。
 だってあの子の事を崇拝しているわけじゃないみたいだし?」

何がしたいのだこの男は。近づくティキ・ミックを見つめる。

「肉親だから?妹は、かわいい?」

どこでそれを。ティキ・ミックから後ろに飛んで距離をとる。臨戦態勢。
主は。明里様はたしかに実の妹だ。だけど主は知らない。
主は生まれつき高い能力から私の一族の本家に引き取られた。
だけど力を持て余し、他人を拒絶する主。
それをどうにかするために既に当時、修行がてら下仕えとして本家にいた私をあてがった。
知らないのは本人や下位の者ぐらいだ。別に知られるのは問題はないけれど、明里様に伝わるのは困る。
そんな私の心情を気づいているのか、否か肩をすくめた。

「俺にも妹みたいな奴はいるし気持ちはわかる。言いもしない」
「じゃあ、何が目的」
「ん?」

離れた距離を詰められ、頬に手を伸ばす。

「お前に興味がある」

術が目的か。わざわざ家の事を調べているし。たしかに陰陽師はヨーロッパは珍しいだろう。
日ノ本でもそう多くないのだから。

「迷惑だ帰れ」
「つれないな」
「貴様に教える事は一つもない。去れ。かといって主のもとにいったりしたら呪う」
「……ん?」
「だいたいそう簡単に術を使いこなせるわけない」
「あ」

何か納得した雰囲気をしたあと何故か笑いだした。不審者め。

「あー、まぁ、いいや。今はそれで。なぁ、ちょっと付き合えよ」
「断る」
「即答かよ。おい、考えてみろよ。お前にも悪くない話しだと思うぜ?」

主がアクマを率いているのは勿論、千年伯爵から借りているもの。
普通のブローカーと違う、戦える一般人の存在は何かと便利だ。
だから、私がブローカーでもなかなか会えない。だがノアと一緒だったら?

「色々、言うこと聞いてくれたら手引きしてやってもいいぜ」
「それを早く言え」

なら話しは別だ。
制約。やれないこともあるとは言ったがティキ・ミックは是と頷いた。

「では、契約決定だな」
「契約とか色気のかけらもねぇ……」
「ならどうすれば?」
「ん〜。例えば腕を組むとか?」
「それが望み?」
「いんや。ただのお願いだよ」

ならわざわざ聞く義理もないがこの男を喜ばせたほうがいいだろう。
言葉のままにティキ・ミックの腕に絡みつく。

「……!?」
「どうした?こうしたいと言ったのはそっち」
「お前、主のために本当になんでもやるんだな!」
「当然」
「上等……!」

こんな格好の何がいいのやら。歩きにくいと言ったらありゃしない。
歩きだすティキ・ミックに従いながら、主を思うその片隅。あの強い眼光が脳裏に一瞬よぎった。

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テーマ「人外ファンタジー」
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