遠くにいる貴方へ


彼が英国に行って早、二年。
彼が英国に夢を叶えに行くのだから、涙をこらえて送り出したのはもう遥か昔のように思える。
彼は律儀に初めの内はこまめに送ってきてくれた。
けれど今はもう、殆どない。
今、英国は今にも戦争を始めようとしている。
そのせいだと心を慰めていたけれど不安は募るばかり。
不意に一陣の風がふく。
臙脂色の袴を翻る。
誰か、この風のように私を攫って行ってはくれまいか。
彼がいる英国まで。

「ただ今帰りました」

女学校から帰って、黒い革靴のブーツを脱いで居間に向かうと見慣れない方とお父様がお話をしていた。
銀色の髪をした、綺麗な男の人。異人さんだろうか。
私の家は職業柄、異人さんはよく見かけるが始めてみる人だ。

「ほぉ…お前が柳が言っていた女か」

柳、彼の名前が出てきた事に驚きを隠せなかった。
彼は、蓮二様の事を知ってしらっしゃる!!

「あなたは蓮二様とどういうご関係で!?
 いえ、それよりも蓮二様は。
 蓮二様はお元気なのでしょうか?!
 ……私の事は覚えていらっしゃるでしょうか」

思い余って彼の腕に縋りついてまくし立てる。
するとお父様が咳払いをして、我に返って彼の腕を離した。
はしたない事をした。
嫁入り前の娘が、しかも心に決めた殿方がいるというのに。

「申し訳ありません、挨拶もなくこのような……。私は長倉夏希です」
「夏希さんね。いや、ええよ。噂に聞いていたとうりの慌てん坊さんなり」
「蓮二様は、私の事を」
「さぁの。最近はとんと会ってないからな」
「そうですか……」
「だったら、実際に会いに行ったらどうじゃ?」

会いに?
英国まで……?
いきなりの申し出に首を傾げた。

「ハハハ……何をおっしゃる。貴方もそうとう、悪戯好きなようで」
「悪戯じゃないと言ったら?どうするかは、夏希さんしだい」

すると慌ててお父様が反対しはじめる。
当然だろう。
明治維新で新しい文明の力が入り始めたとはいえ英国までの道は長く、危険だ。
それでも、私は。

「行きたい、です」
「夏希!?」
「決まりじゃの」

含みのある笑みを浮かべた彼は立ち上がって、私の事を抱き上げた。
お父様の止める声を無視して。
彼は走るのが早くあっという間に家が見えなくなった。
いつの間にか持ってきたらしい私の靴を履かせてもらって改めて彼を見る。
銀色の、日本ではまず見られない色彩の髪。
彼なら確かに、英国まで連れてってくれるかもしれない。

「あの、本当に宜しいのでしょうか……」
「柳には借りを作っておきたいしな。
 さて、俺の名前は仁王雅治。
 長い道のりになるんじゃ。宜しくの」
「はい!!」

申し訳ありません、お父様。
私は英国に行ってまいります。
海を越え――
貴方のいる所に。


全く、貴方って人は!!

と、港について仁王様が話していた方の怒鳴り声に肩が跳ね上がった。
対して仁王様は飄々とした笑みで怒りを受け流している。
やっぱり無茶だっただろうか。
そう不安が積もってきた。

「……仕方ありません。
 貴方の我が侭にも慣れてしまいました。
 それに柳君の事もありますし。
 今回だけですからね!」
「さっすが柳生。ほら、夏希さん」

仁王様に呼ばれて、彼の隣に立つ。
仁王様に怒鳴りつけていた方は柳生比呂士様と言うそうで丁寧な挨拶をして下さった。
彼らに連れられて、船へ。
地面から離れて不思議な揺れに戸惑い覚えつつも船を見て回った。
やがて動き出す船。
離れて行く陸。

「不安ですか?」
「柳生様……。不安です。けれど、私で決めた頃なので。
 私は蓮二様に会いたい。この気持ちだけで、大丈夫です」
「流石、柳君が選んだ女性ですね。
 私も長倉さんのお力になりたい。
 何かありましたら遠慮なく、言って下さい」
「ありがとうございます」

もう一度、暫くは見れない日本を見つた。

たどり着いた英国は日本にはないような物ばかりで目移りばかりしてしまう。
日本では高価な舶来品が当然のようにある。

「珍しいのも解るが、迷子にはならんでくれよ。」
「はい。あ、でも、異人さん方は人間の血をすすると聞いた事があります!
 もし、捕まったら……!」
「アハハ!それは嘘ぜよ!さて、ここが柳のいる仕事場なり。
 ちゃんと会う約束はしてあるから気兼ねなく会えばいい」
「ありがとうございます、仁王様」

柳生様が扉をあけて下さって、中に入る。
案内して下さるお二方の先に、彼の姿を認め私は駆け出した。

「蓮二様!」

勢い余って抱きついてしまったけれどきちんと受け止めて下さって。
二年前に見た時よりも大人びた蓮二様はますます格好良くなられていた。

「……仁王。お前の企みだろう」
「さぁのぉ。まぁ、折角の再会じゃきに。
 俺と柳生は外で待たせてもらおうかの」
「そうですね」

二人が出て行ったのを確認してから、そっと蓮二様から離れた。

「蓮二様」
「俺が手紙を出さなくて不安になった確率七十%
 ……手紙をだすと夏希の事を思い出し日本に帰ってしまいたくなる。
 けれどそれでは意味がない。そう思うと、筆が進まなくてな。
 でもそこまで不安になるとは思わなかった。すまない」
「では」
「英国まで来てくれて、嬉しい」
「良かった……!」
「お前は直ぐに泣くな」
「蓮二様の、前だけでございます」
「そんな無防備な姿を他の男の前では見せて欲しくないな。俺としても」

涙をぬぐって下さる蓮二様にさらに、涙がこぼれ落ちた。



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