02


優しさ、なんて喜ぶ姿を見たいから。
私の場合はそれだけだ。
だからお返しなんて求めた事なんていない。

幼少の頃に繰り返し言われた母の言葉。
他人の喜びで幸せになれる心を持ちなさい、と。
それは妬まず、共に共感できる。
そんな人になれとそういう事だと思う。
母はただ見守る人だったが教えてくれるその一言一言に力を持っている人だ。
幼い私は母の膝にのり、頭を撫でられる心地よさに微睡みながらも心に残っている。
そして、そんな人になりたいと思った。
だからだろうか。
私の行為を褒めて下さる人は数多くはいるけれど。
静かに私の行為を見てこんな人になりたいと思って下さるのが嬉しい。
思いは人によって受け継がれるものだから。
ただただ、純粋に、嬉しい。

「さようなら」
「おう、じゃぁの」

バッグを手に持ち、学校を後にする。
約束の時間に間に合うように駅にはついたが、いかせん相手の顔がわからない。
向こうが私の顔を知っているのだろう。
駅の全体っが見渡せる場所で人の行き交いを見つめる。

「あの、柳生、比呂士さんですか?」

声をかけてきたのは女性だ。
立海の子ではないけれど、着ている制服でわかる。
ここあたりに女子校の制服。
交流試合か何かで時折見かける。
スカートも規定な長さで、清潔感のある人だ。

「はい」
「私は谷岡 夏帆です。話は通っていると思うのですが」
「聞いていますよ。宜しくお願いします。私で協力できる事なら何でも仰って下さい」
「ありがとうございます。少し長くなるかもしれませんし、どこか入りませんか?」
「私がいい所を知っていますよ」
「あ、はい。じゃあ、そこで」

以前、仁王君に連れられた所ではあるが静かだし、値段も安い。
駅から数分歩いた所にある。
幸い人もまばらにしかいなく、すぐ案内された席で向かいあって座る。

「私はコーヒーですが、谷岡さんは?」
「紅茶でお願いします」

店員に注文して、運ばれた飲み物を口に運ぶ。
外は寒いのであったかい飲み物が体に染み入るかのようだ。

「それで、お願いですが」
「はい」

背筋を伸ばす。

「助けられたのは、私のお婆ちゃんなんです。駅でぎっくり腰になったのを助けていただいて。
 けれどろくにお礼できず、お婆ちゃんも気にしてて……。
 それに落とし物があって返したいからと言っていたので代りに私が探しているんです」
「落とし物、ですか」
「これです」

差し出されたのは栞。
深い緑をした落ち着いたその栞は見た事がある。
立海の入学記念の栞で立海の生徒なら一度は目にしている代物だ。
なるほど、それで私を。

「立海の人、と男性だとはわかっているのですけど。
 どんな人かとかおばあちゃん、忘れちゃって。
 歳で惚けてるんですですよ」

しょうがないという顔で苦笑いをしている谷岡さん。

「これしかないんです。
 これで探し当てるとか、無理でしょうか……」
「男性ってわかるだけで半分ぐらいは絞れますから、全然、何もないというわけでもありませんよ。
 時間はかかるかもしれませんが根気良く探していきましょう」
「ありがとうございます」

明るい顔で頭を下げる。
よっぽどお婆様の事が好きなのだろう。
わざわざ探そうなんて事をする人なんて今ではなかなかいない。

「この栞、よく使い込まれてますね。けれど扱いはとても丁寧だ。
 恐らく、几帳面な人なのでしょう。
 それで谷岡さんのお婆様はどのようにして助けて貰ったのでしょうか」
「えっと……荷物と、それから担いで病院まで連れて行ってくれたそうです」
「力があるのですね。それから体力も。運動部の人でしょうか……」

考えを巡らせているとまじまじとこちらが見る谷岡さん。

「なんでしょうか?」
「すごいですね。これだけでそんなに推測たてられるなんて。友人が言っていた事がわかります」
「そんな事はないですよ。その友人の方はなんて私の事を言っていたのですか」
「機転が効いて、真剣に人に向き合ってくれる人だって。初対面の私にもこんなに親切ですし」
「なんだか照れますね。あ、では帰宅の時間が遅くなってしまいますし、今日はこれぐらいにしておきましょう」

女性を遅い時間には変えさせられない。
何かわかったら連絡すると、連絡先をお互い交換して彼女と別れる。
栞は預かっておいた。
明日に図書館にでもよってみよう。

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