07


エデンの園の禁断の果実

エデンの園、はわかりやすい。
幸村君のお気に入りの屋上庭園だろう。
時間を見ると残り三十分。
これで後二人と思うと、かなり時間が押している。
屋上へ急ぎつつふと思う。
最初と同じ場である。
そういえば考えてみると学校のほとんどを回った事になる。
テニスコートを除いて、だが。
戻ってくるというのなら最後にすればいいのにまだ切原君が残っている。
仲間のもっとも行きつけの場所だからと言えなくはないけれど。
それにしてもなら幸村君を最後のすればいいものの。
考え過ぎだろうか。

屋上庭園に出ると、しっかりと防寒を施した幸村君がガーデニングに勤しんでいた。
扉を開ける音で気がついたのかこちらを向いてにこりと笑いかけてくる。

「やぁ、柳生。風紀の見回りかい?」
「私用です」
「そういえば、今日はなんだか忙しそうだったよね」
「見ていらしたのですか。それは見苦しい所をお見せしました」
「見苦しいだって?あんなに楽しそうにしてた柳生、久しぶりに見たのに」

くすくすと笑っているのは心底、楽しそうだ。
眼鏡をくいあげて花壇を一瞥する。
恐らくは花壇に手紙をあると推測はできる。
冬といえど、咲く花の花弁で邪魔になって土が見えない。
かといってそれをかき分けるような無粋なマネをしたくない。
幸村君が大切にしている花達だ。
それに折角咲いた花を手荒に扱うのはなんとも心苦しい。
例え植物でも。
そこに生命は宿っている。

禁断の果実は、諸説あるものの林檎だろう。
はて、ここに林檎の木はさすがに植えていないと思うのだが。

「幸村君、林檎の木、はないですよね」
「柳生の眼鏡は外からじゃなくて、内からも見えないの?」
「……見えています」

解っていたけれど。
私の知らない、品種改良でもされた小さい木はないかと思ったのだ。
淡い期待で、都合がいい話ではある。

「では林檎の仲間は、ありません?」
「林檎の仲間?そうだな……薔薇とか?」
「薔薇、ですか」
「そう。林檎はバラ科だからね。バラ科リンゴ属」

初耳だ。
しかし幸村君もよく知っていると関心する。
好きこそ物の上手なれとは言う。
ガーデニング好きの幸村君はそこまで精通しているのか。

「しかし薔薇は初夏の物ではないのですか?」
「うん。でも、寒さに強い品種だったり、暖冬だったりすると咲く事もあるよ。
 冬薔薇(ふゆそうび)って言ってね。
 季語でもあるんだって。
 今、咲いてるからね。それを見た蓮二が教えてくれたんだ」
 
指差された先には八重咲きの薔薇が咲いてあった。
霜に痛み、花も小さく、色も褪せながら可憐に咲く姿には、強く詩情を誘うものがある。

「薔薇は育てるのが大変だと聞きますが見事ですね。
 幸村君の愛情が注がれているのがよくわかります」
「ありがとう。そう言ってくれると俺としても嬉しいよ」

恐らく。
この薔薇の下に、手紙があるのだろう。
どうやって入れたのかは知らないけれど、しかしどうやって取り出せばいいのだろうか。
じっと薔薇を見つめていると幸村君が首をかしげた。

「もしかして、柳生、この薔薇が欲しいの?」
「いえ、違います。あ、決して薔薇が嫌いだからではないのですが。
 薔薇ではなくてですね」

我ながら、歯切れの悪い答えをしてしまった。
すると幸村君が薔薇を慈しむようにそっと触れた。

「邪魔じゃなかったら、貰ってくれないかな」
「え?幸村君がお家に持って帰らなくてもよろしいのですか?」
「……本当は冬になったら剪定をしなきゃいけないんだ。
 だけど綺麗に咲いちゃってるだろ?
 まだ生きれるのにって思うと、どうも自分の気持ちでだと切れなくなって。
 でも柳生が貰ってくれるなら、さ」
「幸村君……」

少し遠い目をする幸村君はとても儚くて。
自信の病気の事を重ねてしまっているのか。

「わかりました。大事に部屋で飾っておきます」
「助かるよ」
「私が貰うのですから、その言葉は私が言うべき事でしょう」
「そうかな?でも俺が言いたかったから」

鋏をしっかり握る幸村君。
パチン、と枝を切ると実に鮮やかな原色の青が下からのぞき出た。

「……手紙?」

それを手に取った幸村君。
くるりとひっくり返したあと驚いた顔をして私に差し出す。

「柳生宛だったよ」
「ありがとうございます」

受け取って中身を確認。
いい加減、気になって仕方ない幸村君用の手紙を差し出す。
さらによくわからない顔をして幸村君が手紙を読む。
と、やっぱりにこりと嬉しそうに笑った。

「ふふ、相変わらず汚い字」

どいう事だろう。
「差出人」の字は整った字をしている。
とうてい汚いとは表現はできない。
もしかして。違う人が書いている、とか?

「幸村君、失礼ですが、誰からですか?」
「柳生も自分の手紙を見てみなよ」

促されて、手紙を見る。
すると見知った、ミミズをのたくったような文字が。


柳生先輩へ
放課後の一時間後にみなさんと一緒に部室に来て下さい
待ってるッス


切原君の文字だ。
何か用事でもあるのだろうか。
引退してからあまり長く部活に顔を出すのかとどうかと思っていた。
だから彼と会うのはずいぶん久しぶりだ。
あのやんちゃで明るい後輩は今ではもう部長。
月日が流れるのは、長い。
切原君はしっかりやれているだろうか。
懐かしい、後輩の顔を思い出して思わず笑みが溢れた。
あ。
成る程。
他の方もそうだったのか。
良かったと一瞬、考えて何故安心したのだろうかと内心、首を捻る。

「さて、時間も近いし、急がないとね」

笑顔をそのままに言った言葉に一つ頷いた。

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