04


注文の多い料理店
『立海SPECIAL』


今度は夏目漱石、ときて宮沢賢治である。
また図書室かと思ったけれどその下の『立海SPECIAL』が気になる。
これは丸井君の事ではないか。
朝に仁王君に会っただけでは何も思いはしなかった。
さっきは柳君が図書室に、しかも彼が手紙を持っていた。
私の性格では貯水タンクに登るなんて発想は出ない。それは仁王君がいなければ。
柳君が手紙が挟まった本を持っていた。
両方、彼らの力がなければいけなかったと考えれば。
そしてこの人選ならばもしかしたら私はテニス部の全員に会う事になる。
ならば次は丸井君の所に行くべきだろう。
私を除けば後、五人。
できれば二人は攻略しておきたいと考えながら、廊下を歩いていた。

「危ない!」

声がした方を向けば目の前にボールが迫っていて、反射的にしゃがみ込む。
避けたのはいいがボールが向かっていった方向は。
硝子の砕けた音がしてあぁ、やはり予感的中だ。
ボールを投げた人とその友人が、しまったという表情をしながら近づく。
ボールが野球の物であった事から、恐らくは野球部員であろう。

「あの、大丈夫ですか?」
「はい。平気ですよ」
「すいません、俺、ノーコンで。それに窓……」
「わざとではないのですから仕方ありませんよ。
 それより、硝子は危険ですから片付けましょう。手伝いますから」
「そんな!悪いです!」

手紙の事はいわば私用である。
風紀委員である私がほっとくわけにもいかない。
それにこのまま去るのも忍びないという物だ。
いいんですよと答えたら恐縮した返事が帰ってきた。

「箒を取りにいきましょう。
 あぁ、それとそこの方は先生に報告に行って下さい」
「はい!ありがとうございます!」
「じゃあ、貴方はここから去ってもいいわ」
「大野さん!?」

近く、割れた窓があった廊下にいたのだろう。
大野さんが室内からひょっこりと顔を出した。

「私も風紀員だし、あんたは用があるんでしょう」
「それは私用ですから」
「いいから。私用でもなんでも相手を待たせる方が問題あるんじゃない?」
「でも」
「行きなさい」

わけがわからいけれど、有無を言わない物言いに礼を言ってその場を離れさせてもらった。
柳君、仁王君共に利用されている事に気づかない。
それは綿密に彼らの行動を調べたわけで、しかも時間もそうとう考えてあるはず。
だから本当は、これを逃したら……と思っていたのだ。
だから助かった。
離れる直前に、丸井君の居場所を聞いてみると調理室だと答えが返ってきた。
彼がよく訪れる場所。
それに、そうだ。
彼はケーキの作り方を教えると言っていたじゃないか。
だから、『立海SPECIAL』という指定になったのだ。
調理室からは甘い匂いが漂っていた。

「丸井君」
「ん?柳生じゃねぇか」

泡立て器を右手に持った彼が驚いたように振り向いた。
他に彼に料理を教わっていた方達も、不思議そうにこちらを見ている。

「どんしたんだ?」
「あ、いえ。何か変な事はありませんでしたか?」
「変な事ぉ?なんだ、風紀の見回りでもやってんのかよぃ」

昼までご苦労っていうか、真面目だなー、なんて朗らかに笑っている。
別段、真面目である自覚はないのだけれど。
両親の教育の賜物であるという物と同時に。
喜んだ顔が好きの反対に迷惑をかけるのが嫌だ、と言う思考もあるからだ。

「違いますけど、どうなんですか?」
「うーん。特にねぇけど……」

『立海SPECIAL』という指定だけではどうも細部がつめられない。
しかし「差出人」がそんなミスをするわけがない。
それは、問題にならないから。
加え、こんな短時間の間に見知らぬ「差出人」への信頼だ。
手紙の上だけなのに、相手への絆ができるなんて。
不思議でもあるけれど。
だからこその相手の事を知りたいという欲望が出てしまう。
プレゼントが待ちきれない子供みたいだと少し、笑ってしまう。
あぁ、しかし手紙だけでは相手の性格は細かくは知れない。
それが残念で仕方無い。
どうにかならないものか。

「なら、いいんで」
「そっか。見てくか?」
「そうさせて頂ますね」
「んじゃあ、助手してくれよ。お前、器用だし」
「はい」
「じゃ、再会すんぞ!混ぜた生地を型にいれろ。むらがないようにな」

言葉を聞き、型を渡そうと思ったその手先の違和感に型をひっくり返す。
そこには手紙がはりつけてあった。

「どうした、柳生。って手紙?」
「はい」

もう慣れた手つきで手紙を取り、彼の分の手紙を見る。
丸井君は手紙を読むと面白そうに笑った。
そういえば前の二人も笑っていた気がする。
内容が気になる。
「差出人」によってどのような楽しい事を言われたのか。
考えて、すこし曇った胸の内に、首をかしげた。





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