秋気澄む


最初は一人が好きなのかと思った。


仁王君は自由奔放で風の赴くままに行動する人だ。
それはまるで水面に映った月のよう。
そこに確かにあるのに関わらずに誰にも掴めない。

彼は時々、ふらっとどこかに消えてしまう事がある。
屋上かもしれないし違うかもしれない。
それから人とはあまり話さずに来る人拒まず、去る人追わずで教室で席に座ったまま動かない。


最初は一人が好きなのかと思った。


たいていが無表情か、読めない笑みを浮かべるかで人と話す時はなんだか気を張っているように見える。

一人でいる時、ふと彼は空を見る。
クリーム色のカーテンで遮られて見えない空を。
彼は空ではなくもっとどこか遠い場所を見ているかのような。
何を見ようとしているのか気になって私もカーテンごしの空を見るけれど、やっぱりクリーム色しか見えなかった。


最初は一人が好きなのかと思った。


けれどそれは違うように思えた。
独りが平気なのと一人が好きなのとはまた違う、と。
これは由希ちゃんの言葉だけど仁王君もまた同じではないのだろうか。
例えば彼は飄々としていているけれど誰かに悪戯する時、無邪気だ。
楽しそうに、とびっきりの宝物を自慢する子供のような表情をする。
私はそれが好きでよく見惚れてしまう。
きっと、みんなもそんな彼を見ると本気で怒れなくなってしまうんだ。

丸井君とは、一言も話さない。
視線すら合わさず向けもしない。

わかればわかる程に、どうしていいのか判らない。
ため息を零して、廊下の窓から外を見る。
校庭では幾人もの生徒が校庭で遊んでいて。
雑踏というのはそれぞれ勝手に騒いでそれが集まってできている。
一見、無秩序に感じるけれど端から聞いていると一定の規則性を持って聞こえきて。
摩訶不思議だなー、なんて思いながら校庭に視線を滑らせていく。

すると端の方で幸村君と真田君が軽くラリーをしているのを見つけた。
テニスの事なんて全然わからないけれどフォームが綺麗なせいだろうか。
上手いなぁ、と漠然と感じられる。
仁王君もレギュラーだったのだからあの二人と同じくらい強いはず。
それには相当の努力を積み重ねているはずでなのに仁王君はそれを何故捨てるような真似を……。
また、一つ溜め息。

「溜め息ばっかじゃと、幸せが逃げるぜよ芦屋さん」

後ろからにょきりと手が伸ばされて頬に手を当てられる。
その手の冷たさに驚いて小さく悲鳴を上げた。

「に、仁王君……。もう、驚かさないでよ」
「驚かせたんじゃ。当たり前なり。それで、溜め息ばっかでどうしたんじゃ」
「え、あ、何でもないよ」
「そうかのぅ」

考えるそぶりをする仁王君。
仁王君は鋭いからばれないかとハラハラしていたらタイミングよくチャイムが鳴って。

「ほら、仁王君。教室に戻ろう?」

声をかけたのに反応しなくて。
そんまま置いて行くのもあれだからどうしようか悩んでいたらガシリと腕を掴まれて。
なんだか嫌な予感がした。
恐る恐る仁王君?と言うと仁王君は教室に戻る生徒の波を逆らうように走り出す。
腕を掴まれている私も引っ張られる形になる。
転びそうになって慌ててバランスを取って仁王君に引っ張れる形で走り出す。
……仁王君、走るの早過ぎ!
文句を言いたいのに足を動かす方に集中しないと引きずられてしまいそうで、言えない。

途中、校舎に戻る幸村君達と視線が合った気がした。

そのまま仁王君と蒼の下に出た時にはびっくりした。
そして校外へ。
ただがむしゃらに駆けて、駆けて、駆けて。
どこを通っているかわからないぐらい無我夢中にただ、走って。

「到着なり」

たどり着いたのは人気のないこじんまりとした公園。

「にお、く……じゅぎょ……」

息がきれて途切れ途切れになりながらも紡ぐ。
仁王君も息を整えているけれど余裕そうな顔をしてあるのが何だか憎らしい。

「つまらんかった?」
「……面白かった」

開放感というべきかとても清々しい気分になる。
冷えた風が火照った体に気持ち良い。

「ハハッ、正直者」
「もう、知らない!」

そっぽを向くと後ろから喉を鳴らす音が。
あぁ、またあの笑顔。
風船の中の空気が抜けるように自分の怒りが萎んでいくのがわかる。

「スマン、スマン。謝るからそう拗ねなさんな」
「調子いいんだから」

全く、と言いながら仁王君が座っているベンチに腰掛けた。
草葉が触れ合い、静かに音を立てる。
空には天頂からわずかに逸れた所で白い太陽が放射状に光の手を伸ばし薄く白く空をおおう。
日向にそっと手を出すと温められた表面が私の冷たくなり始めた手を包んでくれる。
秋はまるで水彩画のように美しいと思う。
きっとそれは日に日に澄んでくる空気が水彩画の淡くて透き通った雰囲気に似ているからだ。

「ねぇ、仁王君。なんで私を連れてここに?」
「芦屋さんが、思い詰めてとったようだから」

罰の悪そうな顔をしながら言う。
機嫌が悪そうにしているように見えるけれどそれがなんだか照れているようにも見えた。
それが意外で少し笑う。
素直な所もある。

「ありがとう」
「でも、授業をサボらせてしまったしの。芦屋さんは真面目だから」
「そんな事ないよ。普通」
「……そうじゃな、普通なり。全然、普通じゃ」

噛み締めるように言う仁王君は何を思っているのかはわからなかった。
そっと瞼を降ろす。
なんだろう、仁王君の隣は心地いい。

「思い詰めてたら、出る考えも出ん。時に息抜きも必要なり」
「本当だね。ねぇ、仁王君は……ううん、やっぱりいいや」
「なんじゃそりゃ。俺は力になれんか」
「こうしてもらってるだけで十分だよ」
「じゃって、これは、いや、俺は芦屋さんにたくさん……」

言葉を覚えたての赤ん坊のように、言葉を詰まらせる仁王君。
その表情はやっぱり、屋上のあの時と同じそれで。
その表情を私がさせているのかと思うと胸が締められる気がしてやるせない気持ちになった。

「仁王君。私は大丈夫」

大丈夫だよ、繰り返し言って仁王君の手にそっと手を重ねる。
やっぱり冷たい仁王君の手。
どうか、その刺が溶けるように。そう思いながら。


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