秋時雨


しっとりとした空気があたりを覆う。
傘を打つ水の音を聞きながら空を見上げた。
薄墨をひいたような雲が蒼い空を隠している。
その代わりに色とりどりの傘が世界を彩っていて。
それでもどこかひっそりとしていて。
秋というのはどうしてこう総じて寂しいと思うのだろう。

「芦屋」

低い、落ち着いた声で向けていた視線を地に戻す。
夜空のような色をした傘を差した真田君が立っていた。

「済まないが時間はあるか?話したい事がある」
「いいよ」
「悪いな。こっちだ」

委員会の事だろうか、と考えながらついて行ったけれど真田君は校舎には向かわずに校庭に向かって行く。
一体どこに行くのだろう。
たどり着い所はテニスコートのそばにある小さな建物で。

「ここ……」

それはテニス部の部室ではないのだろうか。
真田君はそのまま部室に入っていくから恐る恐る中に入る。
中には幸村君、その左には柳君がいて。
真田君も幸村君の右の席に座った。
このれは、三強勢揃いじゃないか。
こう三人が揃っているだけで威圧感を感じて身が縮む気がした。

「そう、緊張しないで欲しいな。どうぞ、座って」
「あ、うん。ありがとう」

緊張していたのがばれていたのに赤面しながら幸村君の言葉に従って彼らの前にある席に座った。
あぁ、恥ずかしい。
穴があったら入りたいとはこんな事ではないのだろうか。
試しに彼らの事を見るけれど彼らはそれぞれ何を考えているのかさっぱりわからない。

「テニス部じゃない私を、部室に連れ込んだりして一体なにの用なのかな?」
「うん、ちょっとその前に確認。芦屋さんは仁王と仲、いいよね」

仁王。その言葉に目を丸くした。
いや、仁王君はテニス部なのだから彼らの口から仁王君の名前が出ても可笑しくはない。
けれど、何故だろう。
何故、彼らの口から仁王君の名前がでるのに違和感を感じるなんて。
とりあえず当たり障りなく友達だよ、と答えたら何故か真田君の眉間の皺が深くなった。
何かまずい事でも言ったのだろうか。

「弦一郎」
「む……すまん、蓮二」
「俺に謝ってどうする」
「済まない。気を悪くさせたな」
「別に気にしてないけど」
「本題に入る前から話がそれたじゃないか、まったく。
 ねぇ、芦屋さんは仁王が俺達を避けているって事知ってる?」
「噂にだけだれど。本人からそんな話は聞いてないよ」

そうか。
仁王君はテニス部のみんなを避けている。
だから違和感を感じたのだ。
仁王君の身の回りにはテニスの存在を感じなかったから。
私の知っている仁王君は、いつも一人だった。
だからそのテニス部の人達から仁王君の名が挙がっても関係のないような気がするのだ。
彼の本来の居場所はココなのに。

「なら話は早いな。
 しかし、その言い方からすれば芦屋は仁王が俺達を避ける理由を知らない。違うか?」
「違わないけど」
「そこで芦屋さんに頼みがあるんだ。
 仁王が何故俺達を避けるのか調べてくれないか?
 避けられている俺達ではお手上げだが唯一の『友人』である芦屋さんならそれができると思ってね」

どうかな、と言う幸村君の言葉に正直ついていけなかった。
意味が、ではなくてどうも現実感がわかない。
私は極々普通の人で、例えば小説に名前にも出て来なさそうなそんな私に頼み事をしていると言う事が。

「そんな、事、急に言われても困るよ……。
 仁王君とは、友達だけど私はそんな事ができるほど凄い人間じゃないし。
 ほら柳君とかの方がそういうのは向いているんじゃないかな」
「向いているからこそ逆に警戒されて無理なんだ。
 詐欺師が本気になったらそのぐらいの情報は完全に隠せるさ」
「なら私にだって」
「芦屋はすぐに謙遜するな。もう少し己に自信を持ったらどうだ」

謙遜だなんて、そんな事はしてないのに。
傲慢になるのはいけないが過小評価も駄目だ、と続ける真田君になんと答えればわからなかった。
窓から見える曇り空と同じような気分になりかけた時を狙ったように幸村君がしゃべり出す。

「俺達は仲間だからね。三連覇は成し遂げられなかったけれどそれは変わらない。
 俺はそう思ってるんだ。仁王はどう思っているのか、これからどうするつもりなのか。
 それを、知りたいんだ。返事はすぐじゃなくてもいいから考えてみてくれないかな?」

頷くとありがとう、と綺麗に笑う幸村君。
お礼を言われるような事はしていないのだけれど。
話はこれで終わりで、私は三人に別れを告げて外にでる。
空は変わらずに泣いていて。
傘を広げ、人気のない校庭を歩き出す。
運動部の人は体育館にだし、楽器の音も心なし、元気が無い。

私がその件に関わっていいのか、わからなかった。
これはテニス部の問題で私が軽率に関わっていいのだろうか。
彼らはああ言ったけれどそれでも部外者の私には荷が重い。

おまけに仁王君は友達だからこそ内偵みたいな真似はしたくない。
仁王君はテニス部のみんなを避けて、それで仁王君だって何か辛い思いをしているのだと思う。
あの屋上の仁王君は少なからず、思い詰めていた気がする。

もし、仁王君がテニス部の事が嫌になっていたら。
それを私は報告しなければいけないの?
水たまり雨が降り注ぎ波紋が広がっている。
それが幾重にも重なりあって不安に思う私の心のように広がっていく。

「芦屋さん」

校門の所に藍色の傘を持った銀の姿に息を詰めた。
なんで、なんでここに仁王君が。

「に、仁王君……」
「今、帰りかの」
「そうだけど、仁王君は誰かと待つ合わせでもしてるの?」
「いーや。遠くから芦屋さんが見えたから待とった。一緒に帰らん?」
「いいよ」

帰り道、何もなかった事ようによそおうとして、私は一度も仁王君の顔を見れなかった。


翌日は綺麗な秋晴れになったけれど私の心も上がらなかった。

「千尋、浮かない顔してどうしたの?」

由希ちゃんが心配そうに顔を望み込む。
瞳にも心配、という文字がありありと読んでとれる。
一日中、上の空になっていたのだからしかたないのかもしれない。
気をつけていたけれど由希ちゃんはこう言うと所は鋭いからばれてしまったのだろうか。

「うーん、頼み事をされて、どうしようか悩んでるの」
「それって仁王の事でしょ」
「え、なんでわかったの?」
「前に仁王の事を聞いてきたし今日は仁王の事、何度も見てたからね。
 千尋はどうせ色々と悩んでるんだろうけど案ずるがより産むが易し!だよ。
 それでも不安なら、そうね、仁王の事をもっと知ってみたらどう?」
「仁王君を……?」
「そ。もっと仁王の事を知ってそれでまだ仁王の事を助けたいって思ったら助けてあげればいいじゃない。
 千尋って、人助けが似合うし」
「それに似合うも似合わないもないと思うけれど……」

でも、確かに由希ちゃんの言うとうりかもしれない。
不安になるぐらいなら何か動いた方がいい。
仁王君とは友達になったばかりでまだよく知らない事も多い。
もっと、知っていけばどうしようか幸村君達の頼み事への答えはおのずと出てくるに違いない。

「ありがとう、由希ちゃん」
「いいって事よ」

ふと指した光に目を細める。
昨日の雨で植物についた雫が光輝き
明るく照らし出す。
だから、雨の日は嫌いじゃないのだ。


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