睦言


試合の結果としては仁王君の負けであった。
それでも仁王君は悔しそうな顔はしていない。

仁王君が変わった人は青いジャージで眼鏡をした厳格そうな人。
手塚君、と言うそうだ。
真田君の最大のライバルだそうで。
試合中、仁王君はただただ美しかった。
汗が弾けて、飛ぶ。
こうしてテニスの試合を間近で見るのは初めてだったが、凄かった。
その気迫というべきか。
同じくスポーツをする者だから、強く感じる。
勝つことだけを思うその気持ち。
揺るぎない芯は、ここにあるのだ。

「確かに、手塚だった。
 でも、違う。
 どういう事だ」

試合を終えた真田君はそう言った。
どういう事だろう。
柳生君に視線をやると前方にいた柳君が口を開いた。

「イリュージョンは相手になりきる精巧度が自慢だったのだ。
 だがそれだけではいけないと、この夏、知った。
 仁王はまた新しい何かを手に入れたのだろう。
 ただただ腐っていたようではなかったようだな」

腐って、なんて。
仁王君は練習は欠かしていない様子だった。
それに全国の事も割り切ってた。
私に会う前から。

「腐ってなんか、ない。
 仁王君は、前だけを見てたよ」

少し強めの語調で言うと驚いたようにこちらを向いた柳君。
そして何か口を開こうとした前に仁王君が現れて、口を閉じた。
強い眼差しが私を見ている。
何か、言わないとと思う前にがしりと腕を掴まれた。
そしてぐいっと引っ張って走り出す。
転がるようにつられて足を運ぶ。

あぁ、なんかこんな事、前にもあったような気がする。

体の熱が上がるっていくのを感じる。
けれどそれは走っているからだけではないだろう。
仁王君が来たのは屋上。
始めて仁王君と話した場所。
あの時は心地よい冷たさを持っていたのに今はもう寒い。
どことなく屋上も閑散として見えた。
くるりと振り返って私を見つめる。
こうやって真っ直ぐに相対するのはとても懐かしい。
実際は一ヶ月もたってないのに。

「芦屋さん」
「な、なぁに?」
「俺、何かしたか?」
「へ?」

素っ頓狂な声を思わずあげてしまった。
何って。
別に何もないのに。
どうして、そんな事を。
すると罰の悪そうに頭をかいた、仁王君が言葉を続けた。

「最近、避けれちょる気がしとったから」
「そんな事ないけど」
「けど前より一緒にいられる時間が減った」
「それは仁王君が。テニス部のみんな所にいったから。
 男の子だし、私より元の所の方がいいって思ってたし……」

語尾があいまいになりなっていく。
さらに仁王君が溜め息をつくものだから、思わず体を竦める。

「なんじゃ、そんな事を考えてたんか」
「そんな事って!」
「芦屋さんはそんな事、考えなくてもよか」
「でも」
「俺は芦屋さんが側にいて欲しいんじゃけど」

なんだろう、この口説き文句。
勘違いするな。
あくまでも友人としてだ。

「その台詞はもっと他の女の子にいってあげなよ」
「他の女に言うつもりはなか」
「私以外に女友達がいないの?」

また溜め息。
溜め息をつかれてばっかりだ。
うなだれた仁王君だけれど直ぐに体を真っ直ぐにして、私を射抜く。

「もう、一回、言ったから、俺が何か言う事はなか」

手を差し出される。

「あの時、芦屋さんは友情の証としてこうしたけれど。
 今度は違う。違う、つもりでこうしてるぜよ」

差し出された手と真剣の表情を見比べながらその言葉の意味を咀嚼する。
意味がわかった瞬間に、かぁと顔が熱くなっていく。
答えは決まっている。
それでも、きちんと私の言葉で伝えたい。
そっと手を重ねる。

「仁王君が、言わないなら私の話、聞いてくれる?」

こくりと頷いたの見て、話し始める。

好き、という言葉をどう伝えたらいいだろう。
そのままだと甘いけれどなんだか頼りない。
愛、は重い気がする。

「……私も、陸上部で全国まで出てたんだ。
 その為に一生懸命だった。
 結局はベストフォーどまりだったけれど、後悔はしてなくて。
 結果は出せなかったのはそれは、悔しかったけど。
 こうやって真摯に物事に付き合える事ができた事が何よりも大切なんだって。
 そうその時に知ったの」

だから今でも止められないし、きっとこれからも。
でもそれは陸上だけである必要はない。
もっともっと、増やしていくべきなんだ。

「私は、仁王君ともっとちゃんと向き合っていきたい。
 側にいたいって、そう思う。
 これからも、一緒にいていい?」

言い終わった瞬間、手を引かれて仁王君の体に飛び込んでしまった。
小さく悲鳴をあげて、抱きしめられたと思ったら体が緊張してしまう。

「に、ににに仁王君!?」
「もう駄目。嬉しくて死にそうぜよ」

耳元で話されてくすぐったいし、恥ずかしい。
仁王君の体から離れようとしたら更に強く抱きしめられる。
それで、仁王君の心臓が早鐘を打っているのに気がついた。
あぁ、緊張しているのは私だけではなかった。

体が、熱い。
胸が熱く膨張して、はち切れそうだ。
話したいことは、言いたいことは、伝えたい言葉は。
まだ、たくさん、たくさんあるのに、喉が膨らんでうまく声が出て来ない。
呼吸とはどうするものだったか、もう忘れてしまった。
水中でもがくように言葉を探す。
溢れる想いの湖に溺れる。
彼の、抱きしめてくれる腕が、手が、その体温が。
道しるべになる。
光を目指して浮上する。
ぐんぐん、光は近付いて、きらきら、水面に揺らめき、そうして、顔を、水面に突き出す。

「仁王君」

光が溢れた。

「私は、仁王君が、好き」

零れた言葉は思いのほか単純で、拙く、しかし口にしてみればそこに技巧など必要ないことに気付く。
何故なら率直なその言葉に仁王君の体が固まったから。
もっとたくさん、話したいことはあって。
だからひとつずつちゃんと、伝えていこう。

私達は、また、ここから新たに始まるのだ。


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