恋衣


空き教室で昼寝をしていたが気配が近づくのに緩やかに意識が浮上した。
そこでちょうど柳生が俺の昼を持って現れた。
隣にはひょっこりと赤い髪が揺れている。
もう昼になったかと時計を見た。
思ったより長く寝ていたみたいである。

「仁王君。お昼ご飯、食べましょう」
「……あぁ」

隣に柳生、目の前に丸井が座る。
丸井が繰り広げる雑談を聞きながらジュースにストローを刺してくわえた。
窓の先の遠い空にはのんきに雲が漂っていた。
夏の雲は迫り来るような立体感がある。
それに対して冬の雲は薄くいが風にあわせて流れ、形を自由に変化する。
ただでかいだけの雲なんてつまらない。
だから冬の雲の方が性に合う。
変化はいつだって俺の側にあった。
自由自在に変化して楽しむのが好きなのだ。
ふと脳裏で浮かぶのは夏。

全国。

不二周助。

天才と呼ばれている男。

勝負事は勝った方が嬉しい。
勝ちたいと思う心それは否定はしない。
けれどそれでもうちの元部長のような執着に俺は染まらなかった。
そう言う雰囲気は流れていたけれど。
俺は全てに染まれるけれど逆反対、何にも染まりはしないのだから。

試合で手を抜いたわけでもない。
わざと負けたというのでもない。

ただ最終的に記録上の勝利の追求より。
仕掛けたペテンの成功を、未知の実力を持った相手との応酬を。
試合そのものを心から面白がることを選んだのだ。

それが俺だ。
掴めない読まれないなんて言われた俺の確固たる「俺」と言えるもの。
だいぶ長い間見失っていた。

再び見つけた理由は彼女だった。
背中をとん、と軽く、けれど確かに押してくれたのだ。
けれど俺は最後の線はまだ踏みたくない。

「真田はそんなに辛抱強い奴じゃないぜ?
 そろそろ理由を言わないとまたぶん殴れるって見え見えな展開だろぃ」
「……もうちょっと」
「何をそんなに出し渋ってるんだよ」
「まぁまぁ、仁王君にも理由があるのでしょうし」

ちらりと伺うように言った柳生。
そうは言っても気になると顔が語っている。
気づかないわけないだろ、ボケ。
けれど真田の事は本当だ。
真面目な真田の事。
あの鉄拳制裁は試合を負けた分とけじめ。
そんな理由で殴ったのだろう。
あれで真田は情に厚い。

芦屋さんが真田を叩いたと聞いた時は驚いた。
けど、嬉しかったとも思う。
まったく単純な思考回路だ。

「なさけねぇとか、そんな事じゃねぇよな」
「今更じゃろ。ただ、芦屋さんが」

そう、彼女が。

「芦屋さん、ですか?それはどうしてまた」
「まさか惚れたとかいわねぇだろうな」
「悪かったな惚れてて」

気がつかないフリなんていくらでもできたけれど。
どうやら心は正直みたいである。
距離が離れれば離れる程、彼女を追い求める。
嫌われてない自信はあるけれど好きのベクトルが解らない。
彼女はありのままを受け入れられるからどうも心情の変化が解りにくい。
だからあんなにも穏やかなんだろう。
彼女の透明な笑顔はきっとそのおかげ。
丸井の絶叫に眉を潜める。
五月蝿い。

「今、避けられとる気がする。
 このまま元に戻ったらきっと彼女とはそれで終わりなり」
「それならば気持ちを告げればよろしいでしょう?」
「んなのとっくに」
「だっせ、振られたのかよ」
「いや、うやむや」

あんな告白だから余計に。
言い直せないのだ。

「けど、本当にそろそろ潮時だろぃ」
「……わかっちょるよ」

あぁ、もう時間か。
仕方無い。

「今日、真田達に会いにいくぜよ」

俺も詐欺師と呼ばれていたのだ。
そのぐらいの賭けぐらいしてやるさ。


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