微睡み


仁王君と共にテニスコートまで戻ったら私は直ぐに帰ってしまった。
私がいてももう何もする事がないという確信。
自分の決意が揺らがない物にするための行為。
それらの理由で。
だから仁王君がどうなったか、と聞いたのは数日後。
柳君から。
彼に連れられて訪れた空き教室。
昼休みという喧噪がどこか遠くに聞こえるのみで静寂を保っている。

「青い鳥、は仁王の事を言っていたんだ」

告げた声が空気に溶ける。
青い鳥。
仁王君にあの雨上がりの朝に聞いた事。
仁王君が青い鳥?
青い鳥は、幸せの象徴。
なら。

「みんなにとって、仁王君がいてこその幸せ、なんだね」
「俺達の行き着きたい所は仁王の所。
 なら仁王はどこに行きたかったのかと、考えていた。
 仁王が芦屋の所で留まるのではないかともな」
「私に?」

私は所詮、休む所であって居場所ではないと思うのだけど。
仁王君の居場所はテニス部だ。
そう思う。
仁王君を見る限りテニス部のその絆の強さは強く感じるから。

「芦屋は……素直であるが故に難儀だな」
「それってどういう事なの?」
「見るものそのまま見えるから、いやよそう。
 今日はこの話をすべきではない。
 とにかく、仁王だ。
 お前の力添えもあってテニス部に戻ってきた。
 けど全てが元通りとはまだ言えないな」
「それは時間が解決するんじゃないのかな」
「さぁな、仁王しだいだ。
 結局あいつはまだ避けた理由を言っていない。
 それを言わないうちは無理だろう。
 特に弦一郎は」

ふ、と笑ったのはなんだか楽しそうで。
私が叩いてしまったのを思い出したのか。
あれは頭に血がのぼってしまったからで、と言い訳じみた事を思う。
なにも叩く事はなかったと冷静になってから反省はした。
それでも謝る気にはなれない。
間違った事を言ったとは思わない。

「弦一郎が唖然としていたのはなかなかに、面白かった。
 女子から殴られる事なんか考えた事はなかったのだろうな」
「……真田君、頬、腫れたりはしてないよね」
「なに、芦屋の腕力では腫れたりはしないさ。
 それとも芦屋は実は怪力だと言うのか?それは初耳だな」
「そ、そんな事ないよ!」

知ってるといわんばかりの表情に遊ばれたのだと気づく。

「なんだか、柳君って意地悪だね」
「どうだろうな。自分の事というのは案外自覚がないものだ」
「柳君は自覚ありそうだけど……。
 それで、柳君は私にその事を伝える為だけにここに連れて来たの?」

他のクラスの柳君が私の所に来て話をするのは目立つ。
でもそれでも廊下でもいいぐらいの内容。
わざわざ空き教室に連れ込む必要を感じない。

「まぁ、それもある」
「じゃあそれ以外には?」
「芦屋がどんな奴か知っておきたくてな。
 警戒心が高いあいつが選んだ理由を知っておきたいのさ」
「選んだって、ただ仲良くなっただけで」
「それだけも、さ。及びそれにおける反応も、っと予想より早く足がついたな」

柳君が言い終わったのと同時に仁王君が荒々しく教室の扉を開けた。
それに対して特に反応を示さず静かに仁王君の所まで歩いて行く。
その際、私の頭を一、二回優しく叩いて。
行動の理由に解らずに首をかしげた。

「時間を取らせてしまって悪かったな芦屋。ほら、行くぞ仁王」
「参謀、勝手に話を進めるな」
「話ならこれから時間はまだたっぷりあるぞ?」
「……わかったぜよ。芦屋さん、じゃあの」
「あ、うん。じゃあね」

訳が解らないうちに二人が出て行ってしまった。
完全な静寂。
頬を机にくっつけた。
ひんやりする。
耳の奥で何か音がする。

「千尋」

入れ替わるように現れた由希ちゃん。
柳君に教わったと言っていた。

「千尋って本当に馬鹿よね」
「……そうかも」
「でも、そこがいい所なんだけど?
 まぁでもどうにかなると思うよ。
 時間が絆の深さじゃないし。
 テニス部と同じようになると、私は思うわ」

私の前、さっきまで柳君がいた所に腰掛けた由希ちゃん。
せいぜい悩みなさいなと突っ伏した私の頭をねぎらうように撫でる。
どうにか、なる。
そのどうにかの先はどうなっているのだろう。
前みたいに戻れるのだろうか。
知ってしまった事からは戻れない。
そんな言葉が脳裏をかすめた。


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