夕日


仁王君は体育館の外にある屋上に繋がる階段の、踊り場にいた。
階段に腰をかけて。
空を見上げていた。
夕日の迫り来るような赤は、鮮やかなのに寂寥を感じられずにはいられない。
そしてそれは、仁王君の気持ちを表しているようで。

あぁ、そうか。

私が仁王君を夕日だと思うのは。

きっとそのせいなんだ。
あの屋上で始めて出会ったその日。
今にも消えてしまいそうな彼を見た時から。
私の中の仁王君は、夕日だったんだ。
思えばそれ以前の仁王君のイメージは夜だった気がする。

「仁王君」

ちらりと私を見て、また空を見る。
何も言わないからここに居る事を許されたととってもいいのだろうか。
仁王君の横に腰掛けて、同じように空を見上げる。
純粋な赤で染まる世界はそれだけで圧倒される。
この夕日を見て仁王君は何を思っているのだろう。
殴られたせいで赤くなっている頬に触れる。

「大丈夫?冷やさないと、腫れちゃうよ」
「別に、ええ」

ぶっきらぼうな返事。

「後で、冷やそうね」

返答はなかった。
手を、おろす。
仁王君が言ってくれなければ私は何もできない。
求めていない救いの手なんて差し伸べる事はできない。
望んでくれないと。
私は無力なんだ。

「今更、なんかのぉ」
「そんな事、ない」

即答すると弾けるように私の顔を見る。
どこか憂いを含んでいて。
そんな顔しないで。
そんな事ないんだから。

「テニス部のみんな、仁王君の事が大切なんだから」

時間の差を埋めるのは大変だと思う。
それでも互いに思いあっているのだから。
口でなんとも言おうとも。
素直になれなくても。
今、そうして歩み寄ろうとしている。
だから絶対に。

「大丈夫だよ」

仁王君の強さを私は知っている。
仁王君の優しさを私は知っている。

挫折なんて何回もする。
限界を感じる時もある。
そして立ち上がるたびに強くなる。
未来の夢を叶える事だってできるのだから。

そうやって私達は生きていくのだ。

そしてその過程で出会った人の中で。
大切で、特別な人に出会えた事。
その事に私はとても感謝している。

仁王君は今の現状はとてもなさけない、なんて言うかもしれない。

けれど、違う。
違うんだ。
足掻いてる事は格好悪くない。
苦しくて、辛くて。
その中でも確固たる自分の意志で。
前に進める姿を見ていたからこそ。
その姿は私には特別に映った。
私は仁王君が特別なんだ。

きっと私は、仁王君と関わらなくても。
今みたいに言葉を交わさずとも。
行動を共にせずとも。
教室の片隅。
見ていただけでも仁王君を特別に思う。

だから私は仁王君の背中を押し出そう。

共にいられた事は嬉しいけれど。
私にとってとても幸せな時間で。
だからこそ。

ちょっとした力で前に進める力を仁王君は持っている。

夕日は確かに寂しい。
けれど確かな力強さを持って、明日を待つことができる。

できれば、私がいた事が仁王君にとって少しでも力になっていれば。
そう思っていてくれれば。
それだけで十分。

遠く、見ていられるだでも平気。

だから、寂しいなんて、言わないよ。

「仁王君。戻ろう」

差し伸べた手にとまどいがちに重なった温もり。

それを今、彼らに返そう。


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