空路


これでますます遠くなっていく。
一歩先を歩く大きな背中を見て思う。
こだまする掛け声が濃い蒼の空に溶ける。
私もこのまま溶けてしまえればいいのに。
部活に顔を出すと告げた声は未だ、耳に残って。

一緒にいて欲しいと頼まれた時。
複雑だった。

相反する心の声はむずかる子供のよう。
こんなに聞き分けが悪かった性格であったのか。
それとも仁王君だから?
恋は、人を美しくさせると言う。
甘くて、艶やかなそれは反対に苦くて不安にも満ちている。
どんな思いで覚悟を決めたか。
それを考えると本音なんて物は仁王君にとって重荷にしかならない。

離れてしまう距離を、仁王君はどう捉えているのだろうか。

仁王君がどう考えているのか知りたくて、でも怖い。
不確かな期待と、押しつぶされるような不安。

「今、何を考えとる?」

振り返って、奥にある感情を探るように私の瞳を覗き込む。

「仁王君と同じ事、かな」
「俺が考えている事か?……それは秘密なり」

少し含みを持つように言ってふっと、笑った。
確かめられない心は曖昧だ。
けれどしっかりと意志を持つ表情にいくらか平常心を取り戻す。

「どうして私を誘ったの?」
「芦屋さんは嫌か」

意地悪な返答は仁王君の得意とする事。
けれど今はそれに付き合える余裕はなくてきゅっと眉間に皺がよった。

「ちゃんと、答えてよ」
「しっかりとした理由はなか。いて欲しかったから、じゃあ駄目か?」

前を向いてから答えているから真意を掴めなくて。
それでもこれで私が嫌と言わないとわかっていると言わんばかりの態度。
間違ってはないけれど。
返事を返す前にテニスコートの入り口についてしまった。
部員の声が幾重にも重なり一つの音の波を作り出している。
中には運がいいのか悪いのか。
引退したはずの三年生レギュラーがそろっている。
違う。
仁王君はわざとこの日を選んだのだ。
共に来て欲しいと言われても。
部外者の私にはここまで。
中に入っていく背中を見送る。

「仁王……」

その気づいたのか。
真田君が呟く。
同時にさぁ、と波がひくように音が消える。
けれど仁王君は飄々とした態度を変えようとしない。

「何か、言う事はないのか仁王」
「ないな」
「っ、このたわけが!!」

あ、と思う前に乾いた音がした。
されてもいないのに身を竦ませ、目を瞑る。
今の音、絶対に痛い。
恐る恐るゆっくりと目を開ける。
唖然とした顔の部員。
仁王君は後ろからみていてもわかるぐらい不機嫌そうなオーラを出している。
そのまま入っていった所とは別の所からコートを出て行って。
仁王君は傷ついた顔をしてた。
血が頭に登ったと思うまもなくコートの中に入っていって。

「真田君の馬鹿!」

叩いていた。あっけにとられる真田君を睨む。

「仁王君が、何も思ってないわけないじゃない!!
 傷ついてるに決まってる!
 仁王君が離れていったから求めるだけ求めて!
 仁王君の気持ちも考えなよ!!」

仁王君だって覚悟を持ってここに来たはずなのだ。
素直じゃないからそうは言わないだけで。
真田君達が仁王君が離れていくのを不安に思う事は当然だと思う。
けれど求めるだけでは、仁王君はますます離れていくだけなのに。

仁王君を追いかける為に、テニスコートを出ていく。
どこに行ったのだろう。
屋上?
竹林広場?
それとももっと他の所だろうか。
すれ違いになるかもしれないから教室にいた方が得策かもしれない。
駆け足で来た道を戻る。

「芦屋!」

声に振り返る。
追いかけてくるのは桑原君。
走ってきたのに息一つきれていない。

「仁王はたぶん体育館の所だ」
「……体育館?」
「あぁ。体育館の屋上にいく階段だ」

あぁ、確かにあった。
普段立ち入り禁止で、しかも体育館の屋上だから人気もない。
ほとんど忘れさられている場所。

「仁王の隠れ家みたいなもんでさ。
 あいつ、人と長くいるのが苦手だからな。
 色々、一人になれる場所を確保してるけどそこだけは特別なんだ。
 俺らは全員知っている場所だけど。
 仁王がいいって言わなきゃ絶対に近寄らないって暗黙の了解がある場所だから」
「そんな所をどうして、私に?」
「あ……いや、なんつーか。上手く言えないけどよ。
 芦屋なら仁王も許すだろうしさ……。
 俺、ずっと傍観っていちゃぁ、あれだけど何も言わないようにしてたんだ。
 でも芦屋の言うとうりだなって思って。
 仁王ってこういう所、すっげー不器用だから。
 敏感すぎるぐらい人の心読むの長けてるくせにさ」

敏感だから。
人といる時、変に気を使ってしまうのだろう。
それはとても疲れるから。
顔色を伺うとはまた別だろうけれど。

「ありがとう、教えてくれて」

体育館に足をむけた。


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