その温もりは


建て付けが悪くなり始めた扉を押して開けるとびゅうと風が吹き付けた。
髪が暴れるのを抑えながら屋上に足を踏み込む。
高い空に申し訳程度に雲があって閑散とした屋上がよけいに味気なく感じる。
屋上に誰もいない事を確認するとそれだけで心が沈んでしまった。
ここに来れば会えるかもと思ったけれどそこには何の根拠もなくて。
考えが甘かった。

「寒い……」

そうだ。だいたいこんな凍てつくような寒さの中屋上に行くわけがない。
でも。本当に寒さだけなのだろうか。わからない。
もやもやした気持ちはこのさっぱりとした空気とは似合わなく思う。
屋上全体を見回してふと給水塔に目が行った。
そういえば、そこにも仁王君はいた事があった。
高い所は見晴らしがいいのだろう。
出来心。
そこに上ろうと手をかけた。
そんなに背の高くない私には少し大変だ。
そんな時。扉が開かれた。

「芦屋さん?」

四苦八苦している姿を見られた。
その驚きでバランスを崩して。
ドスン、と音。けれど痛みの代わりに温もり。

「大丈夫かの、芦屋さん」

あ、温かい……。彼の体の、温度を感じる。
かっと首筋が熱くなった。
仁王君の声が遠く聞こえる。
かろうじて頷くと、そのままうつむいて顔を逸らせた。
顔が赤くなっているに違いないから
とても前を向いていられなかった。
ぎゅうと、目をつぶった。
今にも壊れてしまいそうな心臓の高鳴りが仁王君に伝わってなければいい。

私を受け止めた仁王君は代わりに尻餅をついたみたいだ。
結果。
彼の膝の上に座っている形になっていて。
恥ずかしすぎる。
それに、どうしようもなく、苦しい。
彼の上からどいて震えた声で謝った。

「いや、ええよ。それより何してたん?」
「上に登ろうと、して……」
「あぁ、芦屋さんにはちと高いかもな」

どうして登ろうとしたのかと聞かれて言葉を窮した。
仁王君が見ていた風景を見たいと思って。
普段なら何も考えずに言えた言葉が、出ない。

「ちょっと、寂しくて」

出たのは仁王君にとってはよくわからなかった言葉なのだろう。
けれどそれに何も聞かないでくれてそうか、と彼は笑う。
安心させるかのように。

「立てるか?」

立ち上がって手を差し伸べてくれた時。
後ろに太陽が見えた。
まだ白いそれはだんだんと時が経つと燃えるような赤と変化していく。
銀が、輝く。

差し伸べてくれたその手は、大きい。

あぁ、私の一歩はここなのだ。
向かうべき方向は。
わかっていた。
本当は、ずっとずっと前から、わかっていた。
心の奥底のどこかで。
ただ未知のそれをそうと気づこうとしてなかっただけで。

ためらいがちに、手を伸ばす。
指先が震える。
駆け巡る血が激しく波を打っていて。
そうして次第にそれは指先に集まっていく。
指の腹が、彼の手のひらに触れた。
指先に全神経が集中して、寒さなんてどこか吹き飛ぶ。

震える手を彼の手のひらに乗せる。
きゅ、と手を締め付ける感覚に、血がどくどくと暴れた。

手のひらが熱い。

その熱を手放したくない。

引っ張られる力に引きずられて立ち上がる。

「ありがとう」
「どういたしまして」

手が放される。
熱が風で冷やされる。

「あ」
「どうしたん?」
「……別に、何もないけど」

何か言わないと変だ。変に思われる。
けれど上がる体温とは別に、頭は真っ白だった。

「いたーーー!!」

声。
その正体を認識する前に腕を引っ張られた。

「すんません、先輩!ちょっと、失礼します」

引っ張られる。
あぁ、デジャブ。
ただでさえ真っ白な頭では何も理解できずにされるがまま。
屋上から連れ出されて行く。ちらりと見た仁王君は、なんだか、焦った顔をしていた。

「ちょっと、あの」
「二年の切原赤也ッス!」

そう言って、近くの空き教室に入り込んだ。
癖っ毛で純粋な真っ直ぐな瞳をした彼は、成る程。
仁王君が言っていたように、私の後輩と似ている。

「いきなり、すいません。けど、どうしても聞きたい事があって!」
「気にしないで、私もちょっと、助かったし」

あのままでは不審に思われてしまった。だからある意味天の助けと言うか。
わからないとありありと顔に書いてある。
それを見てこちらの都合だと言うと良かったと、と切原君は言った。
芦屋先輩、と切原君。
はて、私の名前を何故知っているのだろうか。

「丸井先輩から、聞きました」
「あぁ、丸井君」
「仁王先輩と、俺、約束したんス!全国の後。
 でも仁王先輩は俺らを避けて。でも芦屋先輩は仁王先輩を、変えて。
 あ、けどその間、俺、考えてたんです」

切原君の話はどうも前後しやすくそれに興奮しているのか少し解りにくい。
話を纏めると仁王君と全国大会の後高校でリベンジを果たす約束をしたらしい。
けれど仁王君はテニス部を避けていた。
もしかして、自分の約束のせいだろうか。
わからない。どうして?そう思っていても仁王君とは話す機会は巧妙に避けられていた。
そして再び丸井君と共に行動をした事を知って。私という存在を知った。
いてもたってもいられず私を今、こうやって連れ出した。

「……って事かな?」
「そうッス。先輩なら、知ってるかと思ったんですよ。
 仁王先輩、なんで俺達を避けるんですか?俺のせいですか!?」
「違うと思う」

約束の話は始めて聞いた。
けれどそのせいではない。
理由。それは。

「切原君のせいじゃないよ。仁王君は今、少し悩んでるだけ。けど自分で前を進んでる」
「……じゃあ、俺、どうしたらいいんですか?」
「仁王君にね。今の気持ちを伝えてあげて」

仁王君を思っているその心を。
切原君のその純粋な気持ちは仁王君の心に届くから。
その分だけ、仁王君は前に進める。
そう言うと伝えてきますと直ぐさま行ってしまった。
あんなに懐かれて、仁王君も幸せものだ。
私もその一人なのかなと思うと人知れず笑いが溢れた。

大丈夫。
私も進めてる。


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