秋惜しむ


作業を始めた時はまだ地に落ちていなかった日が確実な速さで傾いて窓から差しこみ室内を橙色に染めていく。
見れば壁も、地面も、その色に染められてしまっていて世界を支配されてしまったかのよう。
朱色の太陽は丸くゆらゆらと端を溶かすように燃え上がり雲を薔薇色に焼いている。

静かな室内に紙をめくる音とパチンというホチキスの音が規則的に鳴り響いている。
風紀委員として次回の集会の為の書類作成とクラスごとに回すプリントの仕分けをしているのだ。

目の前で黙々と仕事をこなす柳生君の姿を盗み見る。
眼鏡が光を反射してその先の眼差しは見えない。
彼は仁王君ともっとも近い存在であると聞く。
ダブルスのパートナー。
仁王君とはまるで正反対のさながら鏡の向こう側のような彼。
だけど、どうだろう。
正反対でありながら仁王君と柳生君は息の合ったプレイをしていたのではないのだろうか。
正反対と言うものは案外、根が似ている。

「どうしましたか、芦屋さん」
「ううん、なんでもないよ」

私の視線に気づいたのかふと顔を上げた柳生君に笑いかける。
そうですか、と再び視線を戻したけれどまた、私の顔を見て苦笑いを浮かべた。

「そんなに見つめられると、少々、照れますね」
「ごめん、嫌だった?」
「いえ。そんな事は。ただ、芦屋さんが私の何が気になるのかと思いまして」

仁王君の事ですか?と訪ねる柳生君。
なんで、と思った後に、私が仁王君に関わっている事を知っていれば当然かと一人納得。

「柳生君と仁王君はきっとダブルス、息が合ってたんだろうと思って」
「ダブルスワンを請け負っていましたから」
「仁王君はどんなプレイスタイルだったの?」
「トリックプレイ、ですね」

ああ、解るかもと頷いたら、予想の斜め上に飛んで行くので合わせるのに必死でしたよと楽しそうに柳生君が言った。

私が知らない仁王君。

私が知っている仁王君。

その差にはいったい、何があるのだろう。

彼の多くの事は私は知らない。
知っている事よりも知らない事のほうが多いかもしれない。
それはこれから知っていけばいい。
けれど、昔の彼には絶対に会えない。
それが寂しい。
それは消え去ってしまう夕日を見ている時の気持ちと似ている。

「時々、思うんだ。なんでもっと前に仁王君と知り合えなかったのかなって」

もっと前に出会えれば何かが変わったのかもしれない。
今の、仁王君の悩みも。そんなありえない、もしも、を考えてしまう。

「出会いにはなんらかの意味があります。ですから、芦屋さんは出会うべきして仁王君と出会ったのですよ」
「柳生君って運命を信じるの?」
「どうでしょう。けれど、あったほうが素敵だと思います」
「そうだね。あった方が、救われる気がする」

偶然よりもあたたかく必然よりも強いそれを言い表すための言葉なのだろう。きっと。

「気になると言うのなら、そうですね。私の知る仁王君について、少しお話しましょう」

作業する手を止めずにつらつらと仁王君との思い出を語ってくれる。
その多くは、テニスで埋まっていた。
嘘偽り無く、彼らの世界はテニスで回っていたのだろう。
夢中になれる物があると言う事はとても素晴らしい事ではないだろうか。

「仁王君はどちらかというと夜が似合っている人です」
「……仁王君って黄昏時ってイメージだけど」

昼でも、夜でもない境界線が曖昧になる時間。
橙色の光を受けてそまる銀の髪もそれを見つめる瞳も。
どれもあの夕日に似ていた。
ふいに、もう過ぎ去ってしまった秋の風の匂いがした。
切なくなる程に胸が締め付けられる。

「夕日、ですか?それは一体、何故」
「……わからない。けど、そんな気がするの」
「主観の問題ですからね。芦屋さんがそう思うのならばそれは、そうなのでしょう」

一つ、息をはく。
もう胸を締め付けられる感覚はない。

「私は仁王君の瞳が好きだなー」
「それも、主観の差かもしれませんね。私も好きですが、気に喰わないと言っている人もいます」

仁王君は全てを見通してしまうかのような琥珀の瞳を持っている。
そしてよく色を変える。
まるで、サンサンと輝く太陽のような金色に近い色。
黄色やオレンジ、金色とかが混じった蜂蜜みたいに甘そうな色。
それでいてなんだかすぐ消えてしまいそうな。
彼と向かい合い、その瞳を見つめた時。そこに揺らめく光に不思議な気分を味わう。
「目は口ほどに物を言う」とよく言うが彼の瞳が写す物は彼の真実そのもの。
熱されて透明になった光を湛え真実を写しては様々に色を変えて人々を魅了して。
ガラス玉のような、そんな瞳。

「芦屋さん……と、柳生」

急に扉ががらり、と開かれたと思ったら仁王君が扉の前で驚いた顔をして甘い、蜂蜜色の目を見開いた。
沈黙が落ちる。小さく仁王君、と紡ぐ柳生君の言葉が妙に教室に響いた。

「私になにか、用事があったの、仁王君」
「いや、ちらりと扉の窓から見えたから声をかけようと思っただけじゃ」

仁王君が驚いている所を見ると柳生君は死角になって見えていなかったのだろう。

「ちょうどいい、仁王君。芦屋さんを送って差し上げたまえ」
「え、でも」
「作業も後少しですし、女性を遅い時間に帰らせるわけにもいきません。
 と言う事で、いいですね、仁王君?」
「……ピヨ」

帰ろうと仁王君が歩いて行ってしまう。
柳生君を伺うと行け、と視線だけで促されてしまう。
頷いて、鞄を持って立ち上がる。

「仁王君の事、宜しくお願いします」

真っ直ぐと見つめる柳生君に一つ頷いて仁王君の隣に駆け寄った。

「仁王君」
「……柳生とどんな話してたん?」

迷ったそぶりを見せながら、目を合わさずに訪ねてくる。
あぁ、仁王君はきっと怖いのだろう。
誰だって怖い。
特に大切な人の事なら。

「仁王君のね、事聞いてたの。話に聞く仁王君はとっても輝いていたよ」
「……そか」
「それにね、仁王君の事を話してるとなんだか、幸せな気持ちになった」
「なんじゃそれ」

秘密、と笑うと不満そうな顔をされたけれどその声は穏やかだった。

「仁王君。世界は思ったより、優しいよ」

世界なんて自分が認識している所だけで。
それでもいつも一杯一杯だけれど。
それでも世界はそう、悪いものじゃない。
そう思った。
こんなにも思ってくれている人がいるのだから。


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