シャボン玉


鮮やかな黄色を背負ったイチョウの木に柔らかな日が差し込む。
すると鮮やかなはずの黄色もなんだか優しい色を持っているかのように見えた。
寒いとお日様の光が恋しくなってくる。
夏の日光はぎらついてうっとしいけれどこの時期のお日様はぬくぬく、あったかい。
仁王君は冬のお日様のようだ。
気づけば、日向に手を置いてあった。
そんな温もり。
手放しがたいと思うこの気持ちはいったい何なのだろうか。

「ん?やるか?」

すいと差し出されるシャボン玉の液。
反射的に受け取った私を見て仁王君は満足気に笑いまたシャボン玉を作り始めた。
私がじーと仁王君を見ていたから私もやりたいのかと勘違いしたのだろう。
仁王君の不思議な言動の一つに上げられるシャボン玉。
シャボン玉は幼い子供がやるものであって中学になってもやっている人なんてまずいない。

仁王君を見ていると飽きなくて、楽しい。
校庭の片隅で今日も二人きままに過ごしていた。
日々の忙しさの中でついつい置いてきぼりになる静かな時間を過ごせる貴重な時間帯。
仁王君の側は時間がゆるやかである。
彼自身が時間に追われない生き方をしているからだ。

「……シャボン玉、久しぶりだよ」
「そか?俺は随分お世話になっとるよ。最近のシャボン玉は凄くてな」

ほら、見てみんしゃいと様々なシャボン玉を取り出す。
どこにそんなに持ち歩いているのだろう。
不思議である。
一つ手に取ってシャボン玉を作り出す。
それを何を思ったのか手に掴む。
割れちゃう。
そう思ったけれどそれは割れずに彼の手の中に収まっている。

「割れないシャボン玉。人為的に力を加えんかったら割れんよ」
「へぇ、凄いね」
「じゃろ?普通のだと直ぐに割れるからの多糖類を用いて作ってるそうなり。
 だからと言って食ったらあかんぜよ?」
「食べないよ」
「ピヨ」

また誤摩化した、と拗ねてみればすまんのぉと悪びれの無い言葉。
無駄な会話だけれど大切なコミュニケーション。
ふわりふわりと浮かぶシャボン玉。
手に取れるシャボン玉も面白いけれどやっぱり浮かんでいるシャボン玉の方が好き。
そう伝えると俺も、と仁王君。
仁王君とはこう言う所、趣味が合う。
共通できる事を見つけられるとなんだか嬉しい。
一緒にいるって実感できるからかもしれない。
そう伝えようとして、声に遮られる。

「先ぱーい!」

遠くから駆け寄ってくる後輩は少し怒っているように見える。
後輩、雨宮結花ちゃんって言うの、と仁王君に伝えると陸上部のか、と返してきたのに頷く。
そうこうしている内に結花ちゃんが私の所にやって来た。

「先輩!全然、部活に来てくれないじゃないですか!競争、してくれるって言ったのに!」
「ごめんね。ここ数日、忙しくって。今日、行くから許して?」

結花ちゃんを伺うように見るとむぅ、と頬を膨らませる。
ハムスターみたいで、不謹慎だけど可愛らしい。
絶対ですよ!と私の飛びかかるを受け止めた。

「……芦屋先輩、もしかしてお話途中でしたか?」

ここでようやく仁王君の事に気づいたのか恥ずかしそうに訪ねてくる。
里香ちゃんはこうと思ったら周りが見えなくなる事がある。
未だに治らない癖であるけれど、変わらない後輩に微笑みかけた。

「大丈夫だよ。雑談だったし。ね?」
「あぁ。そう言えば芦屋さんって種目、なんやの?」
「短距離ですよー。本当、早いんですよ、先輩。
 フォームとかすっごく綺麗で、軽やかで!羽みたいです!!」

そんな、なんて、べた褒めな。
芦屋さん、顔真っ赤と仁王君がからかってくる。
そのまま言葉を続ける結花ちゃん。
まさに、褒め殺し。
ストップ!と暴走しかけの後輩の言葉を遮った。
我に返った結花ちゃんはすいません、と一言いい、次は体育ですからと去って行っていく。

「元気な子やのー」
「あはは、そうだよね。うん、あの元気さはちょっと羨ましい」
「……赤也に、なんとなく似とった」

その呟きに思わず、仁王君の顔を見た。
また、あの屋上で見た夕日で彼がしていた寂しげな表情をしているのじゃないか。
そう思ったけれどとても穏やかな顔をしていて。それにまた、驚いた。

「珍しいね」
「何が?」
「テニス部の話、するの」

意識的に避けていたのだろう、その話を自らするなんて。
芦屋さんのおかげかも、と仁王君は呟く。

「芦屋さんを見とると色々悩んでるの馬鹿らしく思えてくるからの」
「私が能天気って事?」
「違う違う」

わからない、と首をかしげると、わからないままでいいとそう言われてしまった。

「芦屋さんはその方がええ」

そう言うものなのだろうか。断言するからそうなのだろう。

「ただ、そうじゃの。過去は無くならんし……。
 確かにあの日々は大切じゃったから。後悔せんように、しようって思ったんぜよ」

前に進もうとしているのか、仁王君も。
昔、陸上部で私も選択を迫られた事があった。
私は短距離専門ではあるけれどタイムが伸び悩み長距離の方が伸びるかもしれないとも言われていた。
でも後悔しないように。
私は変えなかった。
それと同じように。
選択して、前に進もうとしているんだ。
人生は選択の繰り返し。
今、仁王君は大きな選択を迫られている。

たくさんあるうちのたった一つ。
選んだそれは消えずに残っているシャボン玉の方。
けれど選ばなかった方にもなんらかの価値を見いだせるのではないだろうか。

ああ、けれど仁王君なら、大丈夫。
根拠は何もなかったけれど力強い瞳を見てそう思った。


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