青い鳥


あ、と思った。
道ばたに咲いている花は昨日の雨で濡れている。
しゃがんで花に目線を合わせてみると雫がきらきらと朝日を受けて光っている。
そして、その雫の中には小さな景色が閉じ込められていた。
風で揺れると光と一緒に景色も揺れるが面白い。ビーズをちりばめたようだ。
雫に触れると指をすっと伝ってこぼれ落ちた。
空気が冷えるにつれて、水も澄んでくるように思える。

「楽しいか?」

かかった声に驚きはしたものの、そういんじゃないんだけどねと返した。
どうやら彼のおかげで多少の驚きには狼狽えないようになったみたいである。
同じく隣のしゃがんだ彼の銀がなんだかこの雫のように美しく見えた。
朝日のせいかもしれない。

「最近はめっきり寒くなったの」
「うん。家から出た時は息が白くなったよ」

寒い、と呟いた仁王君はマフラーを引っ張って口元を覆い隠した。
マフラーを出し始めている人もいるけれども彼が私の周りでは一番乗り。
寒いのも苦手なのだろうか。
仁王君はどちらかと言えば冬のイメージなのでそのギャップがなんだか可愛らしい。
さらに寒い、と呟く彼は詐欺師と呼ばれていてもこう言う所、案外年相応に子供だ。

「仁王君、これあげる」

ポケットからカイロを取り出して手渡す。
未開封のカイロは今朝、お母さんの渡された物だ。

「暖かさを、プレゼント」
「……あったかー」

熱を持ち始めたカイロを持って嬉しそうにする仁王君。
嬉しそうにしているのを見るとなんだか自分も嬉しい。
穏やかな時間というのはいつでもあっという間だ。
実際に流れる時間と感じる時間は違う。
この時間を大切にしたいと時の砂をひとつひとつじっくりと味わおうとしているからなのだろう。
しっとりとした風が二人の間を駆け抜ける。

「……そこで何をしている。遅刻するぞ」

そろそろ立ち上がろうかと思ったその時、抑えた、だがよく通る涼やかな声が投げられた。
柳君、と私が声を発する前に仁王君は立ち上がって彼と向き合った。
その表情はどこか険しい。

「参謀」
「お前とまともに話すのは久しいな」
「二ヶ月振りかの」
「正確には二ヶ月と八日だ」
「さすがよく数えていらっしゃる」

会話自体はなんら普通なのに空気が張りつめている。
なんでこんなに。仁王君も、柳君も、互いの事大切だと思っているはずなのに。

「芦屋」

柳君に私を呼ぶなんて思っていたから上擦った声が出てしまった。
……恥ずかしい。

「礼を言うのが遅くなってしまったな。引き受けてくれて助かる」
「あ、う、そんな、わざわざ言わなくても」

仁王君の前では、特に。
仁王君は聡いから気づいてしまうかもしれない。
そんな懸念を持っていたのだけれど柳君はそれを感じたのか爆弾を投下した。

「わざわざ気を使わなくとも、仁王は気づいてるさ」

思わず仁王君の顔を見る。
仁王君はただ、ただ無表情だった。
参謀、とやや咎めるような口調にも柳君は飄々とした態度を変えようとしない。

「……仁王。青い鳥はいったい何処に行きたかったのだと思う?」

それだれ言って柳君は歩いていってしまった。
柳君はなんだか狡い人だ。
言いたい事だけ言って去って行ってしまった。
きまずい空気にしてしまったのに。
けど、もっと狡いと思うのはこれで私と仁王君がなんら関係にヒビができないとそう確信している所。
柳君は計算高い人だから。
そんな事をするような人ではないだろう、きっと。
仁王君、と呟くと小さくすまんと返して来た。

「詳しくは知らんがだいたいの事は知っておった」
「仁王君はそれでもいいの?その、私が」
「芦屋さんと出会ったのも仲良くなったのも芦屋さんの意志なり。
 それがわかってれば十分じゃよ」

こんな事をさらりと言える仁王君は柳君よりずっとずっと狡い。
そんな笑顔をされたら、何も言えないと決まってるのに。

「そろそろ行かんと本当に遅刻するぜよ」

うん、と言ってようやく私は腰を上げた。
ゆったりと歩く仁王君は遅刻するなんて言いながらそんな事は全く気にしないように思えた。
参謀は、と彼はそう言って一旦言葉を切った。

「参謀は何を言いたかったんだと思う?」

「青い鳥」の事だろう。
柳君は読書家と聞くから恐らくこの事。

「青い鳥って童話があるの」

モーリス・メーテルリンク作だよと続けると感心したような声。
貧しい家に育ったチルチルとミチルと言う兄妹が幸福を招くという青い鳥を求めていろいろな国に旅に出かける話だ。

「それでその鳥は何処にいたんじゃ?」
「色々な所に行ったのは夢だったんだけどね。自分の家で飼ってた鳥が青かったんだよ」

幸福とは気がつかないだけで、ごく身の回りに潜んでいるもの。
しかも自分のためだけでなく他人のために求めるとき。
それははかりしれなく大きくなることを知れる。
そういう教訓を含んだお話だ。
二人の兄妹の会話が微笑ましくて。
私には兄妹のいないけれどいたらこんな会話をしていたのだろうか。

「その青い鳥の行きたい所、ね。相変わらず参謀は回りくどいのぉ」

確かに。
その青い鳥の行きたい所、なんてそんな抽象的な。
大丈夫じゃよ、と不安気な私に笑いかける。
遠く、学校のチャイムが鳴り響いた。


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