思ひは華へと覚ゆ


屋敷の玄関から鈴の音高く現れたのは旦那様の愛娘であるお嬢様でございます。
海老茶の袴に着物は矢絣の風通。袖長けれど風に靡いて色美しく品高き様は道行く人の視線を奪うほどのもの。
けれどお嬢様の心に占めるのはただお一人のようで、すぐその方を探して視線を彷徨わせていらっしゃいます。
目当ての方がいないとわかると落胆の溜め息をおつきになられました。
お嬢様は気丈で我が儘のわの字も言わない方でございます。
女中にその方の事を聞きもせずに自室に引っ込んでしまわれました。
その姿に女中達のひそひそと私語を交わし始めます。

「彼はまた?」
「そのようですよ。優れた御学友と共にいれば、楽しくもなりましょうとも、ええ」
「あら御学友を大切になさらない方はろくでもなしですわ」
「ですがお嬢様のお気持ちも少しは察して欲しいものです」

彼女達の話題の中心はこの屋敷の書生である柳蓮二様でございましょう。
彼の涼やかな風貌としなやかな立ち振る舞いはなるほど、学業で主席をとるだけの風貌がある方でございます。
そして類は友を呼ぶと申しましょうか。
ご友人も大層見目麗しく優秀な方々でございます。
そんな彼らと語り合う姿は普段からは想像できないほど大変活き活きとなさったものでした。
咎めるのは無粋というものでございましょうが、女中達の不満も決して解らないものではございません。
というのも、柳様はお嬢様の婚約者なのでございます。
もちろん柳様はお嬢様のことを大切にしております。
しかし御学友と話が弾むからと脇に置いてしまうような扱いでは不安にもなりましょう。
婚約も大切にして下さるのも旦那様への義理立てではないか。
信じていてもそのように揺れ動いてしまうのが女心というものでございます。
女中達は皆お嬢様を慕っておりますので文句の一つの二つ出てしまうのもまた道理。
それでも心を鬼にして女中達に注意致しますと、彼女達は三々五々に散って仕事に戻ったのでございました。


夜もすっかりと深くなった時刻のことでございます。
就寝前の屋敷内の巡回でお嬢様の部屋の隣にいた時ふとお二人の声が聞こえます。
バルコニーの扉が幽かに開いていてそこから漏れ出ていたのでございます。

「蓮二様は良くお口がまわるのですね」

お二人はベランダに立っております。お嬢様は柳様に背を向けて、夜空を見上げております。
そのお姿は哀愁漂うと感じてしまうのは贔屓目があるからかもしれません。
実際お嬢様の口調はまろやかで落ち着いたものでございます。

「私、ちっとも気にしていませんのよ」
「ああ。貴方はそういう方だ。だから、つい、信じすぎてしまう」

柳様がお嬢様を抱え込むように後ろから手をのばしお嬢様の手と重ねられました。
お嬢様は小さく反応を示しましたが何食わぬ様子で、視線を視線を動かしません。

「明日は何も用事がありません。明日は貴方と二人で過ごせませんか。
 町を歩いて美味しい甘味を食べましょう」
「女は甘いもので釣られると思っていらっしゃるのね」
「貴方こそ俺がそれしか考えつかないと安く思っていらっしゃる」

そうして蓮二様がお嬢様の耳元に口を近づけ、何かを仰いました。
お嬢様は驚き振り返ります。

「ああ、やっと振り向いた」

蓮二様が口元を綻ばせます。

「蓮二、様……」
「本来このような事を言うものではありませんがそれで貴方を不安にさせては本末転倒ですからね」

困ったように柳眉をお下げになられますが、反対に少々強引にお嬢様を正面を向かせ引き寄せます。

「明日、よろしいですね」

たまらない、というようにお嬢様は真っ赤に頬を染めつつ固く目を瞑り頷きます。
そのまま俯くお嬢様を柳様は顎を救い上げてしまいました。

「俺とて、焦がれる人の為に愚かなってしまう、ただの男なのですよ」

ふるふると震えるお嬢様に……ここから先は無粋というものでざいます。
そっと、窓を閉めて、仕事を再開致しました。


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