扉の在処


極彩色の悪夢。荒唐無稽な物語。
毎晩それが私の中で展開される。そして不思議と鮮明で、はっきりと私の中で残っている。
世界で起こる様な、そんな世界。
それらは夢の中で暴れ回っているものの実害はなく今日はどんなことをしでかすのか、楽しみに思うぐらいだ。

懐中時計を下げた兎。木の上で笑う猫に気の強い眠りネズミ。
お茶会に誘う三月兎や恐ろしいクイーン・オブ・ハート。

ワンダーランドの世界はいつでもそこにあって、不可思議で不条理な秩序が絶対なのだ。
ただそれは私の夢の話であって、あくまで空想であって、現実じゃないはずなのだ。
だが、それはやがてじわりと現実世界に浸食してきた。

「そりゃあ、望みっていうのは叶えるものじゃろう?」

銀髪の男がくつりと笑った。隣を歩いているが普通の人は見えていない。
ぎろりと睨むが彼は余計可笑しそうに笑うだけだ。最高にいかれている。
空想は楽しいがそれが現実に見えるなんてそれは精神異常というだけだ。
そして私はそれを、断じて認めない。これが望みだとも思ってはいない。
消えろ。そう思って、言葉にすると、彼は肩を竦めると気取ったお辞儀をして煙のように消えた。


彼が現実に現れるようになると、夢も少し変化し始めていた。
鮮やかな色彩がモノトーンに。ノイズもかかって、聞き取りにくい。


『まぁた、あいつお茶会に遅れるんのかよ。今回はどこをほっつき歩いているのかよ』

赤髪の三月兎があきれ顔でお菓子をつまんだ。

『だって、  だもの。合理性を求めてどうするの?』
『確かにな。なあ探しに行ってこいよ。お前だったらきっと見つかるぜ?」
『あの人の行く先なんて知りっこないわ』
『大丈夫だって。なんだってお前は   だからな!』



『Twas brillig, and the slithy toves Did gyre and gimble in the wabe;
 All mimsy were the borogoves,And the mome raths outgrabe.』

まるで意味のわからない歌を彼は謳う。
女王様が、憎々し気に顔をしかめた。

『俺は、お前が  をどこに隠したかって聞いてるんだけど?
 ああそういえば、トレードマークの帽子がないな……。そこに隠してるのかい?』
『これはまた異なことを。女王は帽子に書かれているものが何を意味しているのかお分かりじゃないらしい』
『10シリング6ペンス・・・売れたとでも言うつもりか?ふざけんな!!』



『お前だけじゃ。お前さんだけが、ジャバウォッキーを倒せる。女王はそれを恐れてるなり』
『ヴォーパルの剣の所持者としての資格、ね。よくわらないけど』
『お前さんはこの世界じゃ、特別だからな』

彼は私の事なのに実に誇らし気に言った。けど、私はそれを訂正しようとは思えなかった。
だって、私は彼のものであり、彼は私のものだから。



『このおかしな世界でまともでいようとすれば必然、いかれていると言われてしまう』
『本当に? 私は貴方をいかれてるって思うわ。……  ?』
『それはお前もまともではないからなり。しかしそれがここでは普通じゃ』
『それは……』

彼の話す事はいつも言葉遊びを聞いているかのように、だんだん頭がこんがらがってきてしまう。
一体何がまともなのやら。
けれどその遊びを少なからず心地よいと思ってしまうのは、私もいかれているのだろうか。



『ずっと一緒よ?』
『お前さんが忘れなければな』
『なら大丈夫ね。だって貴方の側は、最高に楽しいもの!ね、  』

淡く、彼が笑う。
ゆっくり顔が近づく。私は、自然に、当然だというように目を閉じてその瞬間を待った。


「……っ!」
布団から飛び上がった。汗まみれで、気持ち悪い。心臓がバクバクと言っている。
外を見ると、眼鏡をかけた気難し気な兎が視界を過った。
私は反射的に裸足のまま窓から外に出てそれを追いかける。
真夜中でも明るい繁華街を駆け抜ける。
待って、と足がもつれそうになるのをこらえながら叫ぶのに時間を気にする兎は気にもしない。
兎が行く先を私は知っている。そう、知っていた、はずなのだ。
確かに、私は、あの扉の場所を知っていたのに!

兎を見失い、荒い息のまま、きょろきょろと辺りを見渡す。

「     ……!」

思わず、彼の名前を叫んだ。

「ピヨ」

ばっと横をふりむくと彼が立っていた。

「ようやく思い出したのか」
「なん、で」
「約束したじゃろ。お前さんが覚えている限り、俺は側にいるって」

彼は口を孤に描く。そして親指で私の唇を描く。

「お帰り、気狂いアリス」
「ただいま、いかれ帽子屋さん」

彼にそっと抱き締められ、そして、私はその扉の在処を思い出す。
その瞬間、足下に穴が空いて抱き締められたまま落下する。
とても長く落下するがちっとも恐ろしくなんかない。
ようやく取り戻した、熱を味わうために、私は彼の両頬に手を添えたのだった。


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