03


強く地を踏み込み、一陣の風となって駆ける。小気味よい音がなり、玉が躍動する。弾ける汗。
どれをとっても力強い行為であるが、柳蓮二という男は、どれもがしなやかで静かだ。
それが彼という在り方なのか。
紫は木のかなり高い位置にある枝に腰掛け、玉遊びを見ていた。
てにす、と真田に教わったが紫は外来物に滅法弱く、あまりわかっていない。
あえて言うなら玉が彼方此方に飛び回るのは楽しい。
こうして柳の事を監視してはいるが撥ね付けてくるので、事が上手く運ばず、紫は早くも飽きてきていた。

「邪魔しちゃいけないよね……?」

足をぶらつかせる。
真田の厳格さを見れば、そういうものなのだろうと察せられる。
しかし、紫は暇だった。
この上となく暇だった。
もう少し。側で見るぐらいならば。だいいち、周りで見学している彼女達のほうが喧しい。
紫は立ち上がり軽く飛んだ。
ふわり、と浮く感じが好きだ。かなり高い場所だが、勿論、それで怪我をするわけがない。
自然落下を楽しんでいた紫だが、それに仰天した人がいた。
紫が注意深く見ていた人物であるのでその動きが止まった事に気付く。
また高い所にいたので、玉が跳ね返り、彼の後頭部に吸い込まれるように向かって行くのを見てしまった。

「やな!後ろ!」

部員の声と重なる。柳がそれに気付いて、振り返る。
それで、柳は持ち前の反射神経で顔をずらしてぎりぎりの所を掠って通りすぎて行った。
紫は安堵の息を吐きながら、地面につく一拍前、ふわりとやわらく浮いて着地する。
玉を打った部員が慌てて近づき深々と頭を下げている。相対する彼は涼しい顔のままだ。
そこに、真田が怒鳴りながら部員に走りよる。そうして罰則を告げた。
柳自身に怪我がないく紫はほっとして、そのまま人ごみの中に紛れた。


帰り道。長くなった影と戯れる紫の腕を後ろから掴まれた。
現在、紫を認識できる人間はあの学校では限られている。
さらに用事があるとすれば。

「なぁに、やな」
「……その呼び方はやめろと言ったはずだが?」
「えー」

くつくつと笑いながら暗に拒絶する紫に、柳は深々と溜め息をついた。

「幸せが逃げるよ」
「この程度で逃げるならば俺はとうに不幸だ」
「おお」

言い得て妙かもしれない。
素直に関心したのに、柳はそれどころではない言わんばかりに言葉を続ける。

「お前は立海の生徒ではないだろう。制服とか、どう潜入したかとは聞くつもりはない。
 だが不法侵入なんだぞ。しかもあのように落ちるとか目立つ行為をするな」
「大丈夫だよ。座敷童だもん」

敷地内にいつの間にかいる。とか、皆といつのまにか交じって遊ぶ。とか。でも普通は気付かれない。
そういうものだ。
普通にいるぶんなら認識できたも意識に留まらない。

「それに前々から言おうと思っていたが付きまうな。それでお前のことだ。迷惑を被るのはこちらなんだ」
「めい、わく……」

およそ幼さを集約したような性格の中で、最も子供らしい面というのは感情と表現が直結している所である。
紫自身もそれは自覚しているのだが、どうしようもない所でもあった。
柳の言葉に紫は悲しいと思った瞬間、視界が歪んだのを自覚した。
前回は悲しみもあったが憤りが勝っていた。
座敷童だから。そんな都合を押し付けていたのは、本当だけれど。

「私、何もしてない。何も、できないのに」

一度、感情の波が襲ってくるとそれは、もう紫自身ですら制御は不可能だ。
腕を思い切り振り回して、柳の手を振り回した。
走り出したのはそれとほぼ同時だった。


泣きながら帰宅した紫を迎えた茉白は驚いたようであったが、聡い彼は何か察したのであろう。
だから人間は嫌いなんだ、と零して眉を顰めた。

「ほら」

懐から袋を取り出す。受け取ってみると金平糖がぎっしりと詰まっていて。

「少しだけだからな。一気に食べたらだめだぞ」

それでも、彼はきっと一気に食べてしまっても一言二言叱っただけで許してくれるのだろう。
ぐずぐずに煮くずれた思考で思う。結局、甘やかしてくれるのだ。
ぎゅっと袋を握りしめる。

「出かける」
「は?」
「出かけてくる」
「もう暗くなるぞ。お前には、危ない」
「それでも」

頑固なのも、また子供である。
紫は入ったばかりの扉をまた出て行った。
普段なら押しつぶされそうで恐い夜でも、進めた。
無鉄砲さが、今だけはありがたかった。



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