02


軽い足取りでその場でくるりと一回り。それに合わせ襞が踊る。
しかし紫は理想とは違う形に唇を尖らせた。

「この服、回ってもつまんない」
「そういう形なんだから当然だろ。第一、お前がひらひらしたのを着たら中が見えそうで怖い」
「そんなはしたない事しませんー」

眉を釣り上げるが、茉白はそんな態度にはなれっこだと鼻をならす。
おおよそ子供じみた紫の代わりに茉白は妙に理屈っぽい。
昔はもう少し可愛げがあったのに、どうしてこうなったのだろう。紫は首を捻る。

「それよりいい加減行ったらどうだ?」
「わかってるって。あ、ねぇあの子に会えるかな!?」

先程の不機嫌さはもう遙か彼方、目を輝かす。そういう所が子供なのだが赤坂はいっこうに気付かない。
もっとも、紫は座敷童である。
童が子供らしいのは当然で、幾ら年月を重ねようが変わらない。そういう存在だから。

「ほらさっさと行け」

茉白は背中を押し促す。

「はぁい。行ってきまーす」

口調とは裏腹に家を出る姿は可憐そのもので、やればできるくせにと茉白はため息をつくのだった。

立海の校舎は古い。それはこの学校の歴史の長さを表しているからだ。
古い家が好きな紫は家屋ではないが古い建物である立海をなかなか好いている。
溢れかえる生徒の中をすいすいと歩く。制服を着ているから振り返る者もいない。
目的地なんて紫にはさっぱりわからないがそれを感じない足取り。
適当に歩いていれば見つかるだろう。
そんな憶測は立海の生徒数を考えるとなんとも無謀なのだが、それもどうでもよい話だ。
気分の赴くままに歩いていたら、紫はとても嬉しい背中を見つけて思わずかけだした。

「さなーー!」

掛け声と共に抱きつくと相手は反射的に紫を支える。おぶさったまま喉を鳴らす勢いでくっつく。
紫、と若干呆れた色を含んだ声で名前を呼ぶ。その落ち着いた胸声が好きだった。
おまけに古い畳の香りする。それから、墨汁や半紙。
無条件に落ち着く。それが紫にとっての真田弦一郎という男だ。

「会えると思った!」
「例の幸福の勘というやつか」

真田の言葉に笑い、彼に見えるわけではないので嬉しさを表すようにぎゅうと首に腕を回す。

「さなは私の言葉をちゃんと覚えてるから好き」
「当然だ」

おんぶという体勢は二人にとってそう珍しい状態ではない。
始めは狼狽えていたものだが慣れといのは恐ろしいと真田はしみじみ思う。
紫に下心が全くないというのが一因であるし、真田自身が面倒見が良いせいも多分にある。
二人は極々自然に会話を交わしている。真田が再び歩き始めても特に紫も文句がないのもまた常だった。
しかし周囲からは明らかに注目を集めていた。だが相手はあの真田弦一郎。迂闊に声をかけにくい。
異様な光景を目の当たりにした生徒達は視線をそっと外すか凝視するかの両極端であった。
そんな珍道中を遮ったのは、清涼とした声だった。

「弦一郎」

真田の正面から会われた彼は大柄な真田に隠れて紫の顔は見えていない。
しかし紫は目的の、昨日聞いたばかりの声に足をばたつかせた。

「こら、暴れるな」
「おりるー!」

ぐらりと身体が傾いた所をするりと彼の背中から降りた。
真っ直ぐと柳の事を見ると彼は肩を揺らした。

「やーなーぎーくん!」

にこにこと笑う紫と柳の心情は正反対であった。
知り合いか、と驚きながら首を傾げた真田に柳は思わず紫の腕を掴んで駆け出した。


柳はあの日、紫の告白を聞いた後思わず無言で家を出てしまった。
己より幼く見える子供は悪気がなく、誠心誠意謝った。水を被った事に驚きはあったものの怒りはない。
しかしそれと非科学的な事を受入れるのは別である。
子供の冗談ととるには紫には何故だか圧倒される何かを宿していた。
屋上に連れ出した柳は誰もいない事を確認すると改めて紫と対峙する。
いきなり腕を掴まれ走り出した事に不思議そうにするのが純粋な子供らしく柳はかえって空恐ろしく思えた。

「何故おまえがここにいる。ここの生徒なのか」
「違うよー。言ったじゃん。やなぎーのお願い事を叶えるって」
「望んでいない。あとその呼び方をやめろ」
「そんな事を言われても、困るよ」

困るのはこちらだと柳は眉を顰めた。

「座敷童なんて、信じると思うのか。だいいち昨日の事は気にしていないと言っただろう」

福の神だと彼女はいった。座敷童はたしかにそうだと考えられている節もある。
制服を着ているからかろうじで高校生に見えなくはないが顔だちも性格も子供そのものだ。
しかし現実的な思考がそのような摩訶不思議な存在を否定したがっていた。
柳は説得しようと言葉を重ねると紫は俯いた。
少々言葉に刺が混ざっていたのは柳も感じてくれた事だが、これで懲りてくまいか。
そう願ったが顔を上げた紫は盛大に拗ねた顔で柳を睨んだ。
まずい、と感じたのは可愛くも生意気な後輩との経験則からである。

「信じなくてもいいもん! 私だって、やなぎーの事好きじゃないし! でもしなくちゃいけないんだもん!」

泣くかと一瞬たじろぎかけたが紫はそのまま顔を真っ赤にして怒りを表すだけだ。
両手を握りしめながら怒る様は子猫が威嚇しているかのようにも見える。

「始めから澄まし顔で、自己完結してる感じが気に食わない!」
「……なら関わらなければいいだろう」
「だから無理なんだって!」

地団駄を踏む紫はそのまま柳に人差し指を突きつけた。

「とにかく、私は貴方の側にいるから!」

そう宣言する紫は頑として譲りそうもなく、柳は閉口した。
圧倒された雰囲気は微塵もなく今あるのは幼稚園生のような幼さである。
知的な雰囲気も、あの眼差しも、陽炎に惑わされたのではないか。
厄介なものに付きまとわれた。
今の柳な正直な感想であった。



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