花宴
一寸闇というのはこういう事を言うのだろう。そう思わせる闇夜である。
月明かりもないないと改めて実感させられる、その明るさ。
観月はこんな所にこんな場所に呼んで何をしたいのだろう。
私はともかく観月は寮だから怒られはしないのだろうか。
欠伸混じりに息を力無くはく。
時間に厳密で普段なら絶対に先にいるというのに今日は気配すらない。
とは言え付き合う私も相当のお人好しである。
……観月でなければ付き合わなかったとは思うが。
普段待つことになれないからこういう時に何をして待っていたらいいのか、わからない。
手持ち無沙汰に突っ立ていたらふいに、淡い光が少し遠くに灯った。怪しい光はやがて数を増やしていく。
そして、桜の木を浮かび上がらせていくのだ。
しんしんと降る花びらが視界を奪い去ろうとしているか、と思う程に舞っている。
「や、だっ……!」
怖い。
桜の存在は、初めてから気づいた。
けれども普段、儚くとも悲しいこの木の存在感に圧倒的される、なんて。
背筋に嫌な汗が伝う。
やがて灯りは辺り一面に広がっていく。
囲まれていく。
「観月……!」
これは絶対に観月の仕業だ。人為的なものでないと有り得ない。
辺りを見渡す。
観月は、桜の木の下にいた。光故か、遠さ故か。後ろ姿のシルエットを確認できるぐらい。
しかしそれすらも花びらでが霞んでしまう。
禍々しい美しさに息を飲む。
こんなにも花で覆われているのに、何も匂いがないのがかえって現実感のなさを感じさせた。
囚われてしまう。
攫われてしまう。
誰が?
私?
それとも観月?
わからない。
あまりにも花に囲まれているから、方向感覚すら危うくなっていく。
白にも近い薄桃色の花びらが舞う。舞う。
気付けば、ただがむしゃらに駆け出していた。
駆けて、観月の腕にしがみつく。
そこにある確かな感触と、温もりに初めて安心できた。
「おや……どうしました?」
何も答えずにただ腕にしがみついく。
「どうやら怖がらせてしまったようですね。ですが、貴方の疑問に答えるには十分のようです」
何の事だろうか。観月の顔を見つめると何時ものように余裕をかました、んふ、という笑い声を漏らす。
「桜が一番愛でられている花のはずなのに、どんちゃん騒ぎの花見に疑問を持っていたでしょう?」
そういえばそうだった。それで観月は意味ありげにこの待ち合わせの約束を取り付けたのだ。
「桜はね神の坐とも言うんですよ。ご存知ですか?
けれど日本の神様達は救ってくれるわけでなし、零落すれば鬼にもなるしで」
説教めいた口調はどこか牧師様が説教する時の口調と似ている。
その淡々とした、そして自信ありがな説明が今は耳に心地良い。
「桜には神々しい美しさと魂を捕られるような怖ろしさと色香がつくんです。
だからまともに向き合うには覚悟が必要。それを我々はどこかで気付いているのでしょうね」
あぁ、だからどんちゃん騒ぎでちょうどいいのか。
「もっとも、わかり易くするために少し小細工もしましたが」
光に事だろう。みれば、球体の和紙でできたボールが転がっている。
一体これだけの数をどうやって集めてきたのだろう。
「せっかくですから、ここで紅茶の一杯でも飲んで行きませんか。
どんちゃん騒ぎにも理由はありますが僕としては優雅に花見もしたいものですし」
ピクニックバスケットをひょいと持ち上げてみせてくる。
「うん!」
観月の入れ紅茶は美味しい。
桜に紅茶とはまた和洋ごちゃまぜだが……。
たぶん、楽しむ事が大切なのだ。何ごとも。
腕から離れ、流れるような仕草で紅茶を入れ始める手元を見つめた。
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