境界線


熟成された深紅のワインを一滴、空に零し輝く怪しい光も大地に溶け込んだ。
代わりに暗闇と閉じ込められたような静寂があたりを覆う。

「光の時間だね」

呟くと隣に並ぶ光が何を言っているのだという顔をした。
口数が少なくかつ悪いけれど表情にでやすい。不満を隠そうとしないのだ。

「夜行性だから」
「一応スポーツマンってわかってて言うてます?」

青春している事を言いたくないのかあまり話さないけれどテニスをしているの知っている。
格好を付けたがる年頃なのはわかるけれど。
横に並ぶ光を盗み見た。
顎から首筋へのラインが綺麗で、街灯に照らされた肌は白く艶めいている。
高い鼻に、長い睫毛が揺れるのだけはわかる。耳に連なるピアス光を鈍く反射していて。
鍛えられた精悍さにどこか幼さが残る未完成さ。
アンバランスともいえる脆さを内包しているのは若い時代特有の美しさだ。

「なら、もうおネンネの時間ね」
「子供扱いせんで欲しいんですけど」
「子供だよ、光は」
「四つしか違わんクセに」

たいして裕福じゃない家の為に大学進学をせず働いている私。
自力で生計を立ててる側からしてみれば学校や家庭から守られている側はまだまだ幼い。
ただ、まだ解らないであろう光には反論をせずに笑みを含めるだけでとどめる。

「……なら、こんな子供、おるん?」

私の指を絡めとり、そっと手の甲に唇を落とす。そしてそのまま挑発的に上目使いで私を見つめる。
全くどこで覚えたのかこの負けず嫌いは。

「キザ」

キュッと寄せられた眉を見なかったふりをして、手を繋いだまま目的地へと引っ張る。
長い付き合いの私が先に社会人になってしまったせいか。私の後をついて、その世界を知ろうとし始めた。
元々この子は子供っぽさというのを嫌う節があったのは知っている。
だがわざわざ私の後をついて行かなくてもいいというのに。

「……いつもそうやって先を歩いていくん」

声で振り向いた時の光は少し俯いていて、そしてどこか、瞳が揺れていたのに気がつき思わず黙る。

「狡い」
「大人は狡いものだよ」

くしゃりと空いている手で頭を撫でる。一瞬、嫌がる素振りをしても一応の甘受。

「……やっぱ、狡いわ」

どこか透明な瞳。やはり、若さ独特の。
若い時は、生き急ぐ。
だが振り返って見るとその時代はどの時よりギュッと濃縮されていたかのように毎日が濃く、輝いていた。
その時代時代にしかできない事もある。
今の現実にあらがう難しさは非常に心に重みを感じる。しかし今の重みを感じる事が大切なのだ。

「今は、正面から悩む事だよ青年」

全てに全力で打ち込めることこそが、青春時代の醍醐味なのだから。
ちょいちょいと手招きして、抱きしめる。
前髪を撫であげちょんと、可愛らしく口づけ。

「繕わなくなったら、相手してあげる」

それまで待つぐらいの時間の余裕はあるし。

「さ、さっさと帰ろう」

私の家で晩ご飯を食べて一泊。
外泊に関しては光の家族ぐるみの関係なのだからよくするのだ。
やっぱり一歩先を歩く私。
本当は手を放そうとしても、放そうとしない光に頬が緩むのを隠せなかった。

「あ、笑ったやろ、今!」
「見間違いじゃない?」
「絶対笑た!」

ムキになる光に今度は声を立てて笑った。
むくれて、突っ掛かってくる。
同級生とか、先輩とかには絶対に見せようとしない光の子供らしさ。
それを知れるのが密かに嬉しく思っているなんて、教えてあげない。


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