早朝クライシス


流れこんだ張り詰めた冷たい空気に、身体が少し震えた。
朝方はまだ冷える。
遠くまだ紺碧の名残が見て取れた。
太陽が新しい一日の始まりを迎えた直後だからか、寝ぼけたような光しかはなってないのだ。
それでもまっさらな、何でも描けるような気分にさせてくれるこの時間は好き。
夜は一日の柵を消してくれる何がきっと存在すると、そう思う。
とは言えこんな光景は冬ぐらいにしか滅多に拝めない。
普段から毎朝四時に起きする程に気力も体力もない。
今日は、特別に、仕方なく。
よし、と気合いを入れ家から出ようとしたらお母さんが眠気眼で行ってらっしゃいと声をかけられた。
わざわざ付き合ったのは絶対にからかう為だ。一瞬イラッとしたが一応ガッツポーズ。
景吾の頼みじゃなければ誰がやるか。人使いが粗いと文句を言いたくなるが断れない弱味があるので仕方ない。
四臓六腑に染み渡るぐらいに深く息を吸い込む。
朝一番の澄んだ空気を味わいながらも足は目的地へと急いだ。

「……あ。って、え、えぇ!?」

思わず叫んでしまうものを発見。目的、ではある、が。
亮が、道に倒れていた。
倒れていた。

「ちょ、亮!大丈夫!?どうしたの!?」

揺らしてはいけない、とか応急処置の諸々な知識はどこかに消えた。
ガッと体を掴む。と、ノロノロと亮が顔を上げた。

「は、はら……へっ、た……」

一瞬理解できずに固まったのは致し方ないと思う。


「しんっじらんない!」

私の怒声が朝の閑静な住宅街に響き渡る。朝から近所迷惑だがそんな事は知るか。
あれからすぐ近くの公園まで運び走って自宅から食べ物を持ってきたのだ。
それで理由を聞いたら、少し照れくさそうに頬をかきながら、こうのたまったのだ。
曰わく。
家族が今晩いない事をいいことに昨日の夜からトレーニング。
曰わく。
晩御飯は食べてない。

「え、馬鹿?馬鹿なの?馬鹿じゃねえの?というか馬鹿だろ」

口が悪くなるのはグレていた時代の名残だ。
一応、直したが感情が高ぶった時にはでてしまう。

「馬鹿って言うな!」
「馬鹿以外の何者じゃないだろ。
 行き倒れなんて日本ではなかなかお目にかからない光景を見せられたこっちの身にもなれ」

すると言葉に詰まる亮。現状私に逆らえるわけがないのだ。

「そ、それよりよ。なんでこんな時間に通りかかったんだよ」
「君ん所の部長に頼まれてね」
「跡部に?」

確かに疑問に思うだろう。景吾は喧嘩友達だ。端から見たら仲は悪く見える。
だが景吾は実際嫌いではないので見た目では事実は計れないという事だ。

「なんでだよ」
「まぁ、色々」

詰め寄るから顔をそらす。うーと、唸る。

「なんか、断れない理由とかあんのかよ」

景吾は確かに俺様だけど、本当に嫌だったらしない人だ。
それはわかっているハズなのになんでムキになるんだ亮は!
弱味なんて、ない、と……思う。

「別に、断れなくない、けど、別に」

若干語尾が弱くなったのに何を勘違いしたのかさらに詰め寄られてしまう。
亮の顔が近づいてくるのに目をそらす。
普段の性格とか、目立つ俺様とか丸めがねとかのせいで忘れかけてしまうが亮だってカッコいいのだ。
なのに遠慮なくどんどん顔を近づけてくる。普段の初さはどこに棄ててきた。今すぐ、拾ってこい。

「けい……に……が……なの」

弱音をあげたのは私の方。ぼそりと呟いた声は届かなかったらしい。
聞き返す亮。こんな事なんども言えるか!

「景吾に……頭、撫でられんのが、好きなんだよ!」

不良していて氷帝に馴染めなかった私はそうそうに不登校になりかけてた。
それをあのお坊ちゃんがわざわざ毎日詰めかけ、追い立て、の毎日。
渋々、自ら登校した初めての日。頭を撫でて、よくやった、って言われたのだ。
ヤクザかと思う程にしつこかった景吾の笑みと、温もりにクラリときて。
以来、景吾に頭を撫でられるのに弱いのだ。頼み事もだから断れない。
あの日々のせいで喧嘩するが、そういう経緯があるからこそ親しいのだ。
この年でそんな事を言うのが恥ずかしいので、最後は逆切れ気味である。

「……また、跡部、かよ」

馬鹿にされるかと思ったのに、ぽつり、と不満そうに呟いた亮に首を傾げた。

「どうしたの」
「別に」

これは完全にふて腐れてなる。

「なに?一匹狼な私が景吾と仲良しなのに嫉妬でもしたわけ?」
「そ、そんなんじゃねぇよ!ただ」

真っ赤になってまで力強く否定しなくてもいいじゃないか。それでも口ごもる亮が続き待つ。

「俺が苦労して手に入れて手に入れたもんを跡部は簡単にやって遂げやがるから。
 そりゃ、俺は才能なんてないのは俺が一番解ってるし、あいつだって努力してんのはわかってるけど」
「ないもんを欲しても仕方無いでしょうが」
「分ってても悔しいんだよ!だから、その分、努力で埋め合わせてんだけどよ……」
「やっぱ、馬鹿だわ。あんた。救えないぐらいの馬鹿」

それも重傷。努力を否定しないし、大切な事だ。
努力を諦めた時点で、進化は止まる。生命として恥ずべき事だと私は思う。それは生きていない事と同じだ。

「それで無茶して、周りをハラハラさせる事が努力なの?違うでしょ。見失ってるんじゃない」

亮は一度決めたら周りが何を言っても突っ走る所がある。良くも悪くも。
まだ亮はわからない。それが分ったら、また変わるんだろう。それを側で見てみるのも悪くないから。

「そんな事やっているうちは付きまとってやんよ」

それこそヤクザみたいに。
悪どく笑ったら、つっかかってくるように反論されたが、その耳ははっきり分るぐらい紅かった。


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