生まれた日


物は時が経つと使い物にならなくなったりする。
色が褪せたり、壊れたり。
絶対はなく、永遠もない。
だから。
代りに求めるものは。

光輝く蒼が眩しい。麗らかな日和に包まれて気分も上々。
昼下がり、のんびりと読書するなんて贅沢な時間を満喫する。
そしてその隣にはテディベアが陣取る。
だいぶ古くなったそれはいつの間にか、側にないと落ち着かなくなってしまった。それは年月の賜物というか。
付き合って一年目の記念に雅治がプレゼント。思入れのある代物だ。

買った物が何時作られたか普通、わからない。それは仕方ないことだ。
だからリボンをつける。
首にリボンをつけたその日が誕生日。
テディベアにはそういう習わしがある。
もう貰ってだいぶ経つのに関わらず、まだ生まれていないテディイベア。
その風習を知っていてもつけようと思わないのは、貰ってからそれを知ったからか。
ぽんぽん、と何気なく頭を撫でてみる。

「なぁにしとるんじゃ?」

気配もなくいきなり抱きつく雅治。当たる髪の毛のくすぐったさに身をよじった。
雅治とのデートは気分によって質が大分変わる。買い物したり、映画を見に行ったり。部屋でただゴロゴロしている時もある。
今日は天気がいいので私の家のベランダにて、のんびりと。テディイベアを隣に置いてあるのは日光消毒の為。
一緒に出かけるのも嫌いではないけれど、こうやってただ一緒にいるだけの方が幸せだと、そう思えるのは何故なのだろう。
けれどそれが時々、恐ろしくなる。幸せすぎて恐い、なんて贅沢だけど。
雅治を思う気持ちの海に溺れてしまそう。

「だいぶぽかぽかになったなぁと思ってね」
「んー?本当じゃぁ……」

体を起こしてテディベアを抱きしめる雅治。ちょうどすっぽりと腕に収まる大きさのテディベアを抱える雅治は、少しかわいらしい。
綿がたくさん詰まっていて柔らかく、程良く弾力がある。ふんわりと包み込むような感触。きっと今なら、日光浴をさせたから日だまりの香りがする。
陽気も手伝ってか、だんだん落ちてくる瞼にクスリと笑った。

「寝たら?」
「ん〜……」

間延びした返事。体を倒して膝に頭を落とす。

「何かしゃべってくんしゃい」
「そしたら眠れないんじゃない?」
「夏希の声は心地ええ。問題なか」

まったく、本が読めなくなるじゃないか。けれど口角が上がっていくのは抑えられない。
栞を挟んで本を脇に置いて、まだテディイベアを抱えたまま目を瞑った雅治の髪を優しく梳く。何の話をしようか。

「テディベアってアメリカ発祥なんだよ。大統領のセオドア・ルーズベルトが由来なんだって」

返事はないけれど耳を傾けているのがわかる。

「趣味の熊狩りに出かけたけど熊をしとめることができなかった時があって。
 そこで同行していたハンターが年老いた雌熊のアメリカグマを追いつめて最後の一発を大統領に頼んだらしいの。
 だけど大統領は『瀕死の熊を撃つのはスポーツマン精神にもとる』って言って撃たなかったんだって。かっこいいよね。
 このことをこれまた同行していた新聞記者によって新聞に掲載して、このエピソードにちなんでおもちゃメーカーが熊のぬいぐるみを作ったんだよ。
 ルーズベルト大統領の通称である『テディ』と名付けてね」

……寝たかな?ゆっくりと浅い呼吸を繰り返す雅治を見つめる。
風がふきゆらゆら木陰が揺れる。右から、左へ、ふわふわとした雲のかたまりが、なめらかにのんびり動いていく。空は淡い水色。
時間の流れがひどく穏やかだ。

「ねぇ、雅治……」

聞こえていないと解っていても呼びかける。いや、聞こえてないからこそ、言える事。

「好きだよ。とっても。けど、最近、それを伝えられてない気がするの。なんでだろうね」

長くいると言葉が少なくなる。言わなくてもわかる事が多いから。何度も言うのも、くどくて好かない。
けれど、それでいいのかとも思う事もある。

「雅治は知ってるのかな?テディイベアの誕生日の事。いつまでたってもリボンをつけられないのは、きっと」

始めて付き合ったあの時の時間を止めたままにしておきたいから。
気持ちなんていくらでも変わる。気持ちを疑った事はないけれど、それでも解るのだ。
私だって始め持っていた「好き」と今の「好き」は同じようで違う。どう違うなんて言えはしないけれど、違う。それは確か。
気持ちは移り変わるもの。
いくら理解しあっても全部なんてわかりっこない。
だから女の子は求めるのだ。
「愛の言葉」を。
女の方が、実はもっと即物的。たった一つの言葉で、舞い上がれるのだから。
だから最近聞けてなくて、少しだけ不安になっている。

そうだ、雅治が起きたら、おはよう、の代りにまず、好きだよって、伝えよう。

なんで思いつかなかったのだろう。思いついたアイデアに驚く。
待っている必要はない。
何でもいい。
何だっていい。
とにかくまずは動くべきだ。
動かなきゃ何も変わらない。
動けば何かが変わる。
動けばかならず何かに出逢えるんだ。

私から好きって言えば、きっと驚くけれど雅治も言葉を返してくれる。

ねぇ、雅治。
付き合って長いけれど、それでも、好きって言うのはとても緊張するって言えばどんな反応をするのかな?
どきどきする。それでもそう思う気持ちに幸せになる。私はまだこんなにも雅治の事が好きなんだって。たまらなくわーって叫びたくなるぐらいに、気持ちが高揚する。
雅治を思う気持ちで私はいつも一杯一杯だ。

起きたら、まず始めにこうやって考えた事を伝えるから。それまでは。

「いい夢を見てね」

静かな昼下がり、何も邪魔をするものはない。雅治と側にいられる幸福を噛み締めながら、再び本を手にとった。

気持ちは変わらないって言いながら、雅治が普段使っている髪留めのゴムで少し歪なリボンがついたのはまた後の話。


戻る
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -