紫陽花道り


校舎を出てぽんと軽い音をたたせ、傘を広げる。
今日も今日とて雨が降っていた。
梅雨なので仕方ないと言えば仕方ないけれど、この時期は気圧の変化のせいて偏頭痛があって嫌になる。
しかもこの後は一番嫌いな季節が来る。意味もないというのに雲に隠れている憎き敵を睨みたくもなる。
雨の風情を理解していないわけじゃない。傘だって模様が気に入っていて、ただ置いているよりは使いたい。
ただ。これはこれ。あれはあれ、だ。

「何アホ面で歩いてるんスか、長倉先輩」

と、後ろから生意気な不良もとい後輩の財前が声をかけてきた。

「随分なご挨拶やないか、先輩に対して。財前はろくにまともにできへんお馬鹿さんなんか」
「先輩に馬鹿言われたらこの世の終わりや」
「ほんに失礼なやっちゃな、自分」

これが普通なのだからこの後輩は生意気なのだ。少しは先輩を敬え。
けれど、それでもテニス部の連中と上手くやってるのだから不思議だ。白石がとりなしているのだろう。

「で、何か用なんか?わざわざ阿呆面な私に話かけるなんてな、ご苦労様や」

嫌みったらしく言えば、一瞬、慌てたように見えた。見間違え?

「時間、あります?」
「…………有るちゃぁ、あるんやけどな」
「なんスかその間。そんじゃあ、ちょい寄り道しません?」
「あ、用事を思いだ」
「使い古されたネタ使わんといてくれます?」
「なんで私なん。白石とか忍足誘えばええやろ」
「先輩達は用事あるから、たまたま見つけた先輩に声かけただけです。わざわざ誘ったりせえへんスよ」
「あ、そ。じゃ、一人で行けば?またな」

振り切ろうとしたら腕を掴まれ強制的に脇道にそらされた。何この横暴。
保護者に訴えてやる。白石、明日は早く教室にこないと絞め殺す。

「行く場所ぐらい説明せえ」
「先輩は行く場所もわからんとついてこれへんスか?」
「いや、普通だろ」
「先輩、標準語……。にしても勇気ないんスね」
「はぁ!?んだとごらぁ!ええよ、ついて行ってやらぁ!!」
「だから口調おかしいスわ。ま、決まりっスね」
「あ」

嵌められた。
禁句をあっさり使うなんてなんて奴。
仕方ない。女は度胸。一度言った言葉を覆したりはしない。大人しく付いていく。

……あ、鞄がびしょびしょ。
とことん気が滅入る事ばかりだ。
もう本当に最悪。
どれもこれも財前のせいだ。
内心、文句を言って俯きがちになりながら歩いていると急に止まった。
なんだ、目的地についたのか。

「先輩、見てみ」

すっと指差した先。
それは紫陽花だった。
道に沿ってずっと続く紫陽花の道。
様々な形、色があって、同じ花なのにこんなにあるのかと驚ろかされた。
紫陽花は綺麗だと素直に思うけれどやはり梅雨時の花だからだろうか。雨の中に咲いているかの花は一際、美しく思えた。
雫をたっぷり被った紫陽花は、なやましげな、あやしげな美しさがある。
財前は、これを見せたかったのだろう。
けれど、なんでだろうか。
また歩き出す財前の横に並ぶ。

「紫陽花の学名は『水の容器』という意味らしいんスよ」
「へぇ……」

花の知識を持っているなんて意外だ。花とかは興味がなさそうなのに。
他には一般に花と言われている部分は装飾花で、おしべとめしべが退化した物で、花びらに見えるものは萼だとか。
紫陽花の色は補助色素や、土壌のpH、アルミニウムイオン量、さらには開花からの日数によって様々に変化する。
そのため、「七変化」とも呼ばれるのだとか。

「よぉ知っとるな。何でなん?」
「どっかの阿呆毒博士が一人勝ってにくちゃべってたのをたまたま覚えてただけスよ」
「白石?だって、あいつ語るのって毒草についてしかせえへんやん」
「知ってます?紫陽花って毒、あるんやて」
「いや、知らんわぁ。初耳」
「無知なんすね」

なんでこの後輩はいちいち、イラっとくる台詞を……!
素直に関心させておけばいいものを。

「でも、毒、あるんや。なんか、意外やな。あぁ、でもだから花言葉も」
「花言葉?」
「知らんの?無知なんね」

意趣返しのつもりで言ったら、鼻で笑われた。
何、熱くなっているんだか、阿呆らしと顔に書かれている。殴ってやろうかと一瞬、本気で考えた。

「仕方無いから、私が教えたる。この花の花言葉は移り気、冷酷、貴方は冷たい、や。酷いやろ?
 けど毒があるなら仕方あらへんかもなって」

知っていたから、紫陽花は綺麗だけど、好きにはなれない。
そう思うと、ほら。
雨に濡れながらも美しい様が冷たく感じる。

「そんな事あらへんと思うすけど」
「でも実際」
「移り気って色が変わるから来たんすスね?なんに酷いなんて阿呆臭い。
 だいたい感情が変わらない人なんていないスよ。試行錯誤して、良くなるように変わるんや」
「でも移り気って浮気っぽいやん」
「そりゃぁ、魅力が足りなかったちゅー話しやん」
「酷い、冷たい!冷血漢!紫陽花みたいやな!」
「意味解らんし。全く、先輩は直ぐに熱うなる。けど、打たれて、落ち込んで、それで立ち上がった時はもっと強くなるんすよ」

物は言い方だとはよく言う。けれど財前の言葉には、思わず納得してしまった。

「それに毒があるっていいましたけど、古来からアジサイの花を乾かし煎じて飲むと、解熱作用があるっていうてました」

おまけのように加えられて、改めてまじまじと紫陽花を見る。
ちょうど、枯れそうな紫陽花を見つけた。
咲ききった後でも花びらを散しもせず、色を失ってしまうまでじっと何かに耐えているよう。
そんな姿に、少女から娘に、娘から女に、女から母に、母から白髪のおばあさんにと、一つの時代を生きる女の姿を重ねて見えた。

「凄いなぁ……」

見方一つで変わるもものだ。冷たい冷たい思って、冷たく見えた紫陽花もそう思えば健気に思える。
なんだか、この花が好きになれるような気がした。

「なんか、元気出て来た」

頭痛いとか、濡れてるとか考えてたし、今も変わらないのだけどこの発見があったから元気が出て来た。

「単純なんすね」
「お前は一言多いな」

「……ま、元気になったなら、ええんやけど」

ちっちゃく呟いた声にえ?と聞き返す。

「なんでもあらへんスから」

歩みを速める財前。
そもそも、だ。
花を見るのに白石達を誘うような奴じゃない。この生意気な財前という男は。
なら、もしかして私のため?
なんだ。
可愛い所もあるじゃないか。
背伸びして財前の頭をぐしゃぐしゃとする。

「わ、何するんスか!」
「愛情表現や!」
「きもいわ」

ばっさり切り捨てられたけれど、今度は、苛っとこないで、むしろ、笑ってしまった。
紫陽花の道はまだ続いている。


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