08


好きという感情はそれだけで尊いと、そう思う。
まだまだガキな俺らの不器用で手探りな思いは、それでもたまらなく優しい。
一緒にいて幸せになれる、なりたいと思う。させてあげたい。
そう思う事だけが既に奇跡的な事で、その奇跡的な事が世の中たくさんあるのだから救われる心地になる。
ただ、単純に事が運ばないのも超然たる事実で。

「桑原君は、気を使いすぎな所があるから」

思案気に空を見上げながら呟いた言葉に耳を傾けた。
先日の雨が嘘みたいに晴れ渡っている空は今日も変わらず、平和だと訴えている。

「それでも桑原君に助けられた人は多いはずだから、美点だよ」

朗らかに告げられる言葉。そうはっきり言える彼女の性格も美点であると思う。
そのまま言ったら、とたん照れて慌ててる姿が微笑ましい。普段は大人びている所があるからなおさら。
彼女と一緒にいると、和む。好きだと思う。まだまだ恋愛感情にはなってないけれど。
それは彼女といる時間が穏やか過ぎるから。けれど、きっと自分は彼女の事を好きになる。
そんな予感があった。

「それで、ね。桑原君の思うとうりにすれば、いいんじゃないかな」

他校生の彼女は例の一件を知らない。愚痴を言った際に軽く説明しただけ。
どうも俺は彼女と一緒にいると心の声が漏れてしまいやすいらしい。

「後悔しないように。どんな結果になっても。まわりの人がしてるなら、尚更」
「……見守ってる以外にも、できる事はある、か」

そういう立場が必要なのも理解している。けれどもっとできる事もあるのじゃないか。
ずっとずっと探していた。結局、できるのは伝える事なのではないかとも思った。
行動に移すのは真田だ。真田が自分で動かなきゃ意味がない。
でも、それの後押しをする事はできるから。

「伝えるよ。俺の感じた事を」

どんな些細な言葉でも力になるという事を学んだのは中学生になってから。だからこんどは俺が。
逃れる事ができないほど底に落ちていったら、後は登るだけ。悪夢は、変える事ができる。
立海の歴史ある校舎が遠目に確認できるまで来た時。話題の中心になった人物が小走りでやってきたのに驚く。

「ジャッカル、何をしているんだ。遅いぞ」
「あぁ、手伝ってもらって……」

部の買い出しに出ていたのにたまたま出くわしたのだ。
平気だと言ったのだけれど、普段の礼だと言って俺の手から半分奪い取られてしまって。
チラリと彼女を見て案に誰だと聞いてくる。
そう説明すると真田は自然な仕草で彼女が持っている荷物を取った。

「世話になったな。後は俺達が運ぶから貴様はもういい」
「でも、手伝ったなのら最後ま……あ。うん、じゃあ、お願いします」

ちらりと彼女を見る。
どうやら察してくれたようで、大人しく花がほころぶ様な笑みを浮かべて踵を返して去っていった。
すれ違い際に頑張って、と声援を付け加えながら。
彼女がいた位置に今度は真田が立ち、再び歩き出す。

「なぁ真田、最近どうだ?」
「別段、通常どうりだが、それがどうした」
「あ、えっとな」

我ながらもどかしい。しかしどうやって切り出していいのかわからない。けれど二人で話せる時間もそうない。
悩んでいるうちに何も言えないのはいつもの事。他の何かを犠牲にしてまでも押し通す事があるとは思えない。
それでもたった今、自分で決めた事。それはやりとげないと。自分を裏切るなんで虚しいだけだ。

「真田は、さ。それでいいのか?」
「何がだ?」
「……結衣の事。俺、お前を友人だと思ってる。けど、結衣も、それからアイツも。同じだ。
 だから三人が上手くいくことを願うのって可笑しいか?」
「気持ちは嬉しいが、ジャッカル。俺はこのままでいいと思っている」
「嘘だ」

真田の性格でそんな事、思っているとはとうてい思えない。
それを見抜けない関係を築いてきたわけじゃない。

「謝りたいん、だろ。なら何故そうしないんだ。俺の知っているお前なら……そうしてる」
「謝る対象がどこにいるかわからない。アイツにはもう謝った」
「あ、それ。アイツの事。受け入れたとかって、そりゃ、ないだろ。真田は償いとか言っているけどさ。
 それは優しさじゃないぜ。残酷って言うんだ」

優しさが時に残酷さに変わる。それを俺は身を持って体験した事があった。
きつい事を言っている事は自覚している。それでも、真田の為に。みんなの為に。

「……俺は、どこまで罪を重ねればいいんだろうな」

誰よりも真っ直ぐで、正しくあろうとしている真田は自分の事のやっている事を後悔している。
追い込まれた状況だと良い案もでてこなくて泥沼に入り込んでいる事も、きっと理解しているはずだ。

「アイツの気持ちに気がつけなかった。それゆえにあんな事が起きて、結衣の事を受け入れなくなって。
 受け入れてはならぬと思い込んで、それで……暴力を、振るった。俺は救われないほど愚かだ」

怪我を負わせる事をしたわけじゃない。結衣の事を無視した。近づく手を強く振りほどいた。
それは、少しだけの身体の痛みと、大きな精神的痛み。そのダメージは結衣にしかわからない。

「それでも今も間違った事を繰り返そうとしている」
「人の気持ちは、自分の事でさえなかなか気づけない事も多い。
 なぁ、真田。結衣の事だから絶対に手がかりは残していると思うんだ」

聡明さを宿す瞳を思い出す。そんな結衣が何も残さないはずがない。

「たぶん、関東圏だと思う。家族の事情での転校じゃないんだ。ならそう遠くない」
「結衣は俺に会ってくれる、だろうか……」
「違う。会うんだ。何がなんでも。協力もいくらでもするから。真田も後悔だけはもうすんなよな」

奇しくも彼女と同じような事を紡ぐ。そう、後悔だらけのこの一連の事だから。これ以上は。

「土下座、だろ?」

弾けたように、俺を見たのに、野太い笑みを作る。

「真田の事だから、会ったら速攻でその場で土下座すんだろ。絶対に結衣は慌てるだろうけど」
「……土下座、か。無論そのぐらいしないと俺自身が許せないな」

申し訳なさそうな笑みを作る真田。けれど、あぁ、もう大丈夫。
目標が決まったら後はつつき進むだけの男だ、真田は。水を得た魚のように急に真っ直ぐな目になる。
結衣が、アイツが惚れた真田はこんな瞳をしているやつだったはず。

「まずは、蓮二に相談だな」

立海のみんなも喜ぶだろう。走り出す真田の後を喉で笑いながら追いかける。
少しは俺も力になれただろうか。

「ジャッカル!……恩にきる」

その一言に、嫌味にしか見えなかった青空がそっと微笑んだように感じた。



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