06


あの子が転校したと聞いた。きっと、たぶん。いや、絶対に私のせい。
けど、まだ。まだ弦一郎を私のものにさせておいて欲しい。
仮だとわかってる。心の全てではないのも。それでももう少し私は彼のもとにいたい。必ず貴方に返すから。
けど自力で放せはしない。だから何かきっかけを待っている。
新たなものの登場を。全てを変える嵐はいったい何なのだろうか。


副部長と丸井先輩が喧嘩をした。
相性が少なからずいいといえない二人。けど喧嘩なんて今までなかったのに。全部、「アレ」のせいだ。

「不機嫌そうだな赤也」

柳先輩の言葉に沈黙を貫いた。朝練の後、たまたま登校してきた柳先輩に出くわした第一声がこれとは。
けど否定してもどうせお見通しなんだ、この人は。

「副部長はテニスの事だけ考えてればいいんだ」

引退なんてしても先輩達は高校もあるから結局各自練習はしてる。スクールとか通って。
それでこそ先輩達だと思うし、望む姿。
立海に鍛錬を怠るものはいらないって、アンタが言ってたんじゃないか。

「テニスの鬼のような副部長だから、潰す意味があるんじゃないスか」

吐き捨てるように言い放つ。傲慢な発言だけれど、先輩はもう弦一郎は副部長じゃないと言っただけだ。
先輩達を潰すのは俺の目標。特に三強。
例えば、部長は刃向ってくる奴は潰す精神。絶対の君臨者。
副部長は強敵は好むし、刃向える奴が来るのを望んでいる。けど、強敵だからこそ思いっきり叩きのめす。
けど、柳先輩は違う。追い越されるのを望んでいる気がする。自分を乗り越えて欲しいって思ってる気がする。

「……雨が、降りそうだな」

空を仰いで呟いた先輩。つられて見上げると、気分がだるくなるような灰色空。
天気予報では昼ぐらいには降ると言ってた。今日の放課後の部活はなくなるだろう。
それだけでこれからの授業が鬱くて仕方が無い。

「帰りてぇ……」
「何を馬鹿な事を言っている!!」

急に後ろから怒鳴り声がして思わず声を上げてしまう。声の主は振返らなくてもわかる。

「授業は真面目にでんか!」
「わ、わかってますって!」

相変わらず妙に姿勢のいい副部長。一見、全然元気じゃねぇか、とか揺らぎねー、とか思う。
柳先輩と挨拶を交わす姿もいつもと同じ。のように思える。
副部長が職員室にノートを取りにいくのに柳先輩が付き合うとかで下駄箱の所で別れた。

「赤也、弦一郎が何かに現を抜かしているように見えるか?違うだろう。だからお前は何も心配しなくていい」

そう、呟きを残して。柳先輩は抜かして欲しいとか思ってるくせに俺を子供扱いする。
先輩達に比べれば餓鬼かもしれないけど、こうやってのけ者にされるのは嫌だ。
むっとして立ち尽くしていると登校してきた友達に不意打ちで頭を叩かれた。地味に痛い。

「はよ!何してんだよ。雨にワカメでも増えたからって廊下で不機嫌な顔してんじゃねーよ!!」

ピンポンダッシュさながら言い逃げする。俺の頭はインターホンじゃない。それに。

「ワカメじゃねぇし、増えてもねーよ!」

少し先を歩いているだろう副部長にしかられてしまえ。
というか、雨に降られてって、もう雨が降り出したのか。確認しようと後ろを向いて。

「あ、……えっと、お、おはよう」

クラスメートの女子とばっちりと目が合ってしまった。
靴を履き替えて廊下に出た瞬間に俺が振り返った、のだろう。目を丸くしている。
それで内心、舌打ちをした。一番苦手なタイプなのだ、こいつは。
強い奴が好き。テニスでも、他の事でも。こいつは逆。弱々しくておどおどしている。
こういうタイプは繊細で、勝手に傷付く。言葉を選べない俺にとって苦手以外なにものでもない。
特に親しくないから礼儀としてはよ、返したけどそれ以上が続かない。沈黙。
それに伺うような視線。それに少し悲しそうな。何もしてないのに、勝手に傷付いてるのに苛々する。

「んだよ、何か言いたい事あれば言えよ」

それに間抜けな声で返されて今度は音を立てて舌打ちをした。すると肩が跳ねる。ほんっと、イライラする。
朝練で朝礼までに時間はない。話しながら教室に行かなければいけない義理もない。
というかこいつと談笑?その光景に寒気を覚えながら教室へと足を向けた。
少し後ろを慌てて追いかけてくるのがわかる。俺はイライラで早足だから向こうはもう小走りだ。

「切、原君がね」

小走りで、声を届かせようと張り上げているのか言葉が少し絶え絶えだ。

「不機嫌そうだったから。何もないのに、怒る、人じゃないし。
 それに、切原君、その、ワ、ワカメって言われるの嫌いなのにって。
 嫌じゃないのかなって思ってた、の。
 そう思ってたら、私も、悲しくなるの」
「はぁ!?」

たぶん俺の言葉への返事なのだろう。けど思いもよらない理由で声を上げ、振り返った。
人が傷付くと自分も悲しい精神とか。たしかにワカメと言われるのは嫌だけどじゃれ合いのうちだ。
アホらし。どうせ自分がこういう言葉で簡単に傷付くからそう思うのだ。
俺の上げた声に吃驚しておどおどしていたけれど、やがて、意を決したように表情を引き締めた。

「悩み事とかなら人に相談してみた方がいいよ」
「お前には関係ねーだろ」

咄嗟に返した言葉。テニス部の事、というか先輩の事だ。そう思って言ったらあからさまに落ち込まれた。
だからこいつは嫌いなんだ。俯いたこいつの表情は伺えない。泣きそうな顔をしているのかと思った。

「あ゛ー!先輩の事だよ!先輩達の間でちょっと色々あったせいなんだよ!」

そうだったら鬱陶しい。そう思ってもう、怒鳴るように言葉を紡ぐ。
すると顔あげたこいつの表情が思ってたのと違って驚いた。

「原因は?」
「……知らねー。ほとんど。先輩達、俺に教えてくれないから」

俺には関係ないとか。巻き込みたくないとか。色々言って何も教えてはくれなかった。
後輩だし散々甘えていた自覚はある。けど、一緒に部長率いる円卓の騎士の一人に選ばれ、戦ったはずなのに。
守られるだけのは嫌だ。それに。

「普段は、そうじゃないけど、それ関連の副部長はすっげえ情けなくて嫌いだ」

いつも猪突猛進な副部長は何故か、それだけは尻込みする。そんな副部長の姿なんか見たくなかった。

「それなら、その原因を自分で調べちゃおうよ。それで、先輩をひっぱたけばいいんだよ!」

名案を閃いた興奮からか、手を握られて思わず身を引いた。

「なにを情けない事してるんですかーって。ね?」
「お、おう」
「ね、何か手がかりはない?」
「あー……一人、その、入院してる奴がいて、そいつが事の中心だって」
「どこの病院か知ってる?」
「まぁ、一応……」

こっそり隠れて聞いた時に一発で覚えた。だって、その病院は昔部長が入院した場所だから。
というか、あんなにおどおどばっかりしている印象しかないから意外すぎて思考が空回りしている。

「じゃぁ、放課後。一緒に行こう。言い出した責任。私も手伝うよ」

おずおずと頷いたら花がほころぶような微笑みを見せた。こんな表情も、できたのか。
ずっとおどおどさっせぱなしだったからか。初めて向けられた笑顔に何故か安心した。
その後、チャイムが鳴ったのに遅刻しちゃったね、とのほほんと言われたのにやっぱりイラッとしたけど。



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