05


ソファーに横になって寝ている九条にどうしようか、一人悩んでいた。
跡部が、授業を始まるのに部室に残した理由が気になって、授業を放棄して来てしまった。
野次馬みたいな好奇心とは違う。断じて違うけれど。
具合が悪いのだろうか。だから跡部は九条を?でもそれなら保健室に行けと言うだろう、普通。

九条はあまりに自然に俺達の輪に溶け込んでいた。
九条から近づいてきたわけではなく極々自然な流れで俺達と知り合って。
一部の過激なファンと違って媚びないし、異様に距離を保つのが上手で付き合いやすい友人となった。
不満はないし、友人が増えたのは歓迎すべきことだ。

九条とは急速に仲良くなったせいか、知らない事は多い。
それでもこれはわかる。
時々だけど、いる。人に影響を及ぼしてしまう奴。跡部のカリスマ性とか。
跡部とは勿論、全然違う。九条は自分の心情とか、そういうのを他人に影響を及ぼす。
こっそり聞いた話、九条の忍足が初めて会った時とか、そうだろう。役者とか、向いてるタイプ。
そしてそういう奴の隠し事はたいてい良くない事が多いんだ。
色々知らないのは、時間もあるけれど、それでも、わざと隠しているのもわかる。
跡部も忍足も気がついていそうなものだけど……。

側に近づて九条を覗き込むんだ。魘されてはないけど、眉間に皺が寄っている。汗もかいている。
額に張り付いている髪が邪魔そうだ。そう思って手を伸ばした。

「ん、げん、くん……?」

ピクリと、睫毛が揺れる。起きる!思ったけれど、どうする事もできない。
ばっちり合った視線に、乾いた笑い声を上げた。

「わり、起こしちまったな」
「平気、だけど……宍戸君、授業は?」
「あー、なんだ。まぁ、あれだ。ちょっとな」

いぶかし気にするちっとも言い訳になってねぇ!心の中で叫ぶ。
言えないのを察して、身体を起こした九条はそれ以上、何も聞いてこない。

「大丈夫なのか?その、何かわからないけど」
「優しいんだね」

大丈夫、とは言わなくて、しかもあえて、俺が照れるような発言をしてくる。

「言えない事か?なら無理には聞かねぇけどよ……」
「どうだろう、わからない」
「話してみるだけで変わるかもしれないぜ?いや、なんもしてやれねぇかもしれないけど」

しどろもどろに言葉を連ねる俺に、九条はクスリと笑った。

「ちょっと、疲れが溜まっちゃっただけだよ」

疲れは馬鹿にできない。昔はよく才能のある奴らに勝とうとして、無茶して身体がガタガタにしてた。
そしてそれには精神にもくる。経験したことがあるから、わかる。

「何があったんだ?」
「言いたくない」

きっぱりと言いきられてしまった。こうも言われたら困る。
でも、あっさり放棄したらわざわざ授業を放棄した意味もない。

「普段、隠していることと同じか?」

驚いた九条に、やっぱりそうかと確信を持つ。

「困ったな……。案外、鋭いんだね」
「本当に言えないなら聞かない。けどよ、溜め込むのは止めたほうがいいぜ」

これも、経験から言わせてもらうとってやつだ。溜め込んで良いことなんて全然ない。
何かで発散して方がいい。俺の場合は結局、テニスだ。気負わずに長太郎あたりとラリーしたり。
九条が何が好きとかよく知らないからな……。具体的に何をしてみたらいいとか言えない。
外に遊びに行くとか?九条は家でのんびりした方がいいタイプかもしれないし……。
考えていたら、ぐっと、九条に眉間を突かれた。

「皺。駄目だよー、固い表情してたら、本当に固まっちゃうんだから」

呆気にとられていると、眉間の皺をもみほどいて、それから、頬をつねられた。

「せっかくの爽やか兄貴スマイルの宍戸君なんだから、笑わなきゃ。ほら、ニー」
「おい、痛てぇよ!」

我にかえって手を離させる。しっかり掴んでやがったから、離させるのにも地味にダメージを喰らった。
もう一回、手を伸ばした手を拒む。と、勢いをつけてたからか、九条バランスを崩しかけた。
慌てて手首を掴んで、引っ張る。俺に向かって今度は倒れかけたのを咄嗟に受け止めた。

「……跡部君にも、言われた」

文句を言おうとした口をそれで閉じる。

「すぐ全てを笑顔に変換して、大丈夫だって言って溜め込む。
 それで無理しているのも、気がつかないって」

疲れたように体重をかけている九条の身体は、細かった。
正直、女の体系についてはさっぱりだけど細いと思う。

「それでもそうしなきゃ、やっていけなかったんだよ……」

息と共に出た声はほとんど、音になっていなかったけれどこの体制だから聞き取れた。
例えば、何か、九条にあって。
辛いけど、大丈夫だって望みにも近い事を言って。希望を持ち続けようとして。

「九条、それ、は」
「それにしても宍戸君、大胆だね。私びっくり」

急に明るい声を出す。そしてぎゅーと抱きついてくる。すると、む、むむ胸、が、当たって。

「や、やめろよ!」

顔に血がのぼるのを自覚して、九条を勢いよく引きはがす。
ソファーに転がりこんだ九条はクスクスと笑っている。話をみごとに反らされた。
どかりと九条の隣に座り込んで、頭に手をやる。

「おら、さっさろ寝ろ!」
「起こしたの宍戸君〜」
「うるせぇ」

九条は、意外と素直に目を閉じた。すぐに浅い眠りに入ったのがわかる。
身体が、休養を欲しているのだろう。

九条はきっと話さない。けれどそれが何か、知りたい。
知って、どうするかとかわからないけれど。

「友達、だもんな……」

時間は関係ないと思うから。
九条が漏らした言葉。
げんくん。
そいつがきっと全ての鍵を握っている。



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