04
今日は珍しく引退したレギュラーが全員そろっていて、部員に気合いが入っているのが目に見えてわかる。
一試合終えてコートの部員がほとんど居ない場所のフェンスに寄りかかっていると急に後ろから肩を叩かれた。
急で吃驚して、バッと振り返る。
「ハロー、ブン太。おサボりしたら怒られるんじゃない?」
ヒラヒラと手を振ってフェンスの外にいる見知った顔を見て脱力する。
「いいんだよ。引退した先輩が何時までもでばってるわけいかないだろぃ」
「のわりに真田とか幸村とかよく顔だしてるよね」
「責任感だろ。元、部長、副部長としての」
「あぁ、わかる。特に真田とかはそうだもんねー。引退してもかわらないっていうか」
変わらないという言葉を内心、繰り返す。そう、変わらない。乱れない精神力はさすがとしか言えない。
「……なぁ、恋ってなんだろうな」
「は?」
自分でも変な事言っているってわかってる。けど、ずっと考えていたけど、わからない。
「俺、誰かを好きになった事ないからわかんね。恋とか、好きになるとかって、感情」
友愛ならわかるのに、その先はわからない。異性好きって感情は、いったいどんなものだろう。
真田達の一連の事はようは恋心と友愛との間にできた事。
恋愛でのもつれなんて、よくあるってのになんでこんなふうになってしまったのか。そこまでの感情なのか。
「……恋は、偉大で、恐いよ。それだけで、立ち上がりも、堕ちてもいけるから」
そう語る姿は俺の知らない顔をしていて、驚いた。
それに凄が仲がいいのに話てくれなかった事にも。ショックだった。少しだけ。ほんの少しだけだけど。
「……考えすぎなんだよ、どいつもこいつも」
そう、ただの外野で、ただ全員と仲良くだけやっていた俺からしてみれば。
好きなら、それで成立じゃないか。なっに色々やらかしているんだか。
「でも、人は考える事をやめん」
いきなりぬっと現れた仁王は相変わらずの無気力感を漂わせている。
いったい、どこで、どこまで聞いていたのやら。まぁ、慣れたけれども。
「考えん方がかえって難しい。丸井もそうじゃろ?今も。後悔しとる」
「は?してねぇし」
俺は後悔なんかしてねぇし。自分のやりたい事しかやらないって定評あるだろ。
いや、いらないけどそんな定評。
「少しでも笑ってられるように、明るく振る舞っとった」
「……えっと、ついていけない」
「真田の事。おまんは知らんかったけ?」
「あ、それ。えっと、上辺だけは」
考える仕草をしたのに、なんだか切なくなってしまった。
俺達には大事だったのに。その他にとっては気にも止まらない。
所詮、俺達はちっぽけな存在だと言われているようで。
でも言うときっともっと切なくなるだけだから無視して話を続ける。
「真田はアイツに罪悪感が一杯、なんだよな。でも結衣の事、好き、なんだろ?それじゃ駄目なのか」
「それは、真田自身が自分で気がつかなきゃいけん事じゃよ」
連絡先とか、一回聞かれただけで後の動きを見せない。誰も連絡先を知らないのは知っている。
けど。それでも何かすべきなのじゃないのか。じゃなきゃ、何も始まらない。変わらない。
真田はだから日常を繰り返しているだけ。淡々と。結衣のいない日常を。
「うん。それに好きって気持ちだけで行動なんてできないと思うよ」
わかってる。色々な柵があって、その中から考えて、悩んで、捨てて、選んでく。
そうやっていかないといけないんだ。全てを手に入れられるなんてありえない。
「たった一つの感情に突っ走れる年でもなか」
考えてしまうから。仁王とか、真田とか。頭がいいぶん。頭がいいというのも時に悲劇なのかもしれない。
なんで、こんなのばっかりなのかわからなくて、沈みかけていた視線を上げる。
と。新部長が部員達に激を飛ばしているのが、視界に飛び込む。
「……サンタさんを信じる年でもないしな」
ガキみたいに、純粋で、真っ直ぐになんていられない。
俺達はいつから、こんなに難しく生きていくようになってしまったのだろう。
「なんか、むしゃくしゃしてきた!真田んとこ、行ってくる!!」
全部全部真田のせいだ。こんなぐちゃぐちゃと考えるせいになったのは。
「やめときんしゃい。何を言うつもりぜよ」
「いいじゃん。言いたい事、いわなきゃわかんない事もあるし」
完全なる外野だけにけっこう無責任というか、ノリが軽い。けれど今だけは助かる台詞だ。
真田!!と怒鳴って、ベンチにいる真田の所に走っていく。
ちょうど、一人しかいないから都合がいい。名前を呼べば律儀に待っている真田は真面目だ。
「どうした、丸井。何か部活に支障があったか」
そう、真田は真面目だ。それが今はかえって、悪い。
「違う。結衣の事だよぃ。真田さ、お前、なんで何もしないわけ?あいつの事、好きなんだろ」
「部活中だぞ」
帽子を深く被り直した真田の視線が見えなくなる。
「いいんだよそんな事。今聞かなかったらこれからも聞くタイミング無くしそうだったから、今聞いた」
「……俺は、アイツの事を、受け入れようと思う。だから結衣の事も探さない」
「はぁ!?」
テニスコート中に響くような大きな声を出してしまった。けどそんな事、気にしてられない。
結衣の事を諦めるって事か。そんなの。許せるわけがない。
「どういう、意味だよ!!」
「結衣が何も言わないで転校したのは俺を拒絶したからだろう。
だから追いかけない。結衣がそう望むなら」
「でも、でもだからってアイツの事、好きじゃないんだろぃ!」
「恋愛感情だけが全てじゃないだろう。アイツもそれでいいと言っている」
「っはぁ!?ふ、ざけんな!結衣は!結衣の気持ちを勝手に決めんなよ!」
思わず、真田の胸ぐらを掴んだ。真田より背の低い俺はなんだかしがみついているようになってしまう。
「結衣、どんなにお前に拒絶されてもぜってぇ、諦めなかったぞ!
お前の事、何があっても好きだって言ってた!
結衣の気持ちがそんなに軽いわけないって俺でもわかった!
なのに、結衣の覚悟と気持ちをどうするんだよ!!」
ずっと思ってた。だって、ずっと仲良くしてたから。真田に何をされようが結衣は笑みを消さなかった。
だから何もできないから、一瞬でも忘れて欲しくて、何もしらないふりしてただ、ただ、ふざけてた。
いつか全部元にもどるって信じてたから。俺じゃない。何よりも結衣が。
じゃあ、転校していった理由は?って聞かれても応えられないけれど。
それでも。こんな状況になって、そんな結衣を否定されるような事。
真田が一番に、結衣を信用しないきゃ、報われないじゃないか。
「……言う、な。何も言わないでくれ、丸井……」
真田の声が震えていて、冷や水を浴びさせられた心地がした。
手の力が抜ける。いつも揺らぎない男の、こんな姿。
「諦められるわけ、ないじゃないか」
真田も、あがいてるのだろうか。
「だが、結衣が戻ってこないなら」
続きは言わなかった。けど、わかるような気がした。
結衣が戻らないなら。それなら、そのぶん、アイツを大切にする、と。
真面目な真田だから、どうせ、償いとかなんとか言って。
どう言葉をかけていいのか、悩んでいると、パンパンと軽い音が。
「ブン太。弦一郎。何騒いでるの?」
幸村君が呆れたとでもいわんばかりの顔をして立っていた。
「コート内の喧嘩は御法度だよ。引退してもそれは変わらない。というかむしろだろ。外周、逝ってみようか」
「む……すまない」
走り出す真田。
「弦一郎!」
そんな真田を幸村君の声が追いかける。
「結衣は、むしろ追いかけて欲しいんじゃないのかな?俺の意見じゃないけど、俺もそう思う」
真田は、何も応えなかった。
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