17


夢でも希望でもなんでもいいがどう夢想しようが現実だけが手中にある。
零と一の狭間。そこで私達は生きている。
曖昧で数値化もできないから、人は決して安定しない。
というと可愛げがないので口に出して言いはしないけれど。
驚いた面持ちで振り返るみんなにのんびりと笑ってみせる私はなかなかの道化役者だと思う。

「えっと、ね。仁王君がもう大丈夫だって教えてくれて」

カケの内容は「弦君」に何も告げずに去るという事。
周りの人に何もかもを教えてしまったらカケ事としては卑怯すぎるから人選はかなり気を使った。
ユキは手出しできない人だったから感情を打ちあけられる人。
仁王君は唯一私の連絡先を教えた人。
彼なら傍観者で冷静な判断を下せると思ったから。
私だってどんな状況になっていたか知りたい。定期的に連絡を取れる人が欲しかった。
弦君には何も告げられないから、さりげなくヒントを作るのは本当に骨が折れた。
でもきっと気付いてくれると信じてたから。いつまでも待つ覚悟があったから。
私はカケを受入れた。
弦君と偶然にも出会ってしまったせいで破綻している感が否めないけれど逃げ回ったのは私なりの誠意でもある。
もう、それも必要がないみたいだけれど。

「弦君、私は立海には戻らない」

愛とは唐突で衝動でそして何よりも無責任。
美しいとは思うけれど、それを私が持つとは思ってなかった。
私は冷たいし狡猾に生きる質の人間だからだ。真っ直ぐにぶつかる事のできる二人が羨ましい。

「会いに、行ってはいいのか。連絡は。また、昔みたいに」
「会いに来てもいいよ。連絡先も教える。でも、昔みたいなのは無理」

傷付いた表情の弦君に思わず笑ってしまう。なんでこんな人を好きになってしまったのだろう。
どうしようもない人。鈍感で、空気が読めなくて、頭も固い。

「理沙は昔のままでいいの?」
「私は」

俯く理沙。理沙は理沙で不変を好む。仕方無いのかもしれない。

「私は弦君に私を知って欲しくなかった」

「こう」であろうとする私も私だから否定はしてはいけない。
醜かろうが、汚かろうがそれも私。受入れなければいけない。
それでも好きな人に知って欲しくないと、理想の「私」だけを見て欲しいと。
そう思っていたいたのだ。恋は盲目だっていいじゃないか。
愛してくれるなら。好きと言ってくれるなら。私を求めてくれるなら。

「でもそれだと駄目だった。私は昔を繰り返すつもりはないよ。今を生き続ける。だから、弦君」
「好きだ」

急の弦君の発言に固まった。初め何を言っているのかわからなかった。
ゆっくり言葉を咀嚼して、次いで頭が真っ白になって、でも熱だけあがって。

「な、え、ちょ、いきなり何を」
「あ、いや。つまりお前が言いたいのはそういう事だと思って。違うか?」

首を傾げる弦君に頭を抱える。間違ってはいないけれど。
黙ってきた事をきちんと言葉にしてけじめをつける。黙ってあれこれ考えてたから、拗れてしまったのだけで。
頭はいいくせに、なんで弦君はこうも天然なんだろう。
違うとしても告げようと思っていたと堂々と告げる弦君。ああ、そういえばこの人ってこういう所があった。
変に男らしいというか……。
でもだから私の感情をここまで取り乱す事ができる。そう考えると一生敵わない気がした。

「結衣ちゃん……」

少し哀れみの目を向けてくる。確かに空気はぶちこわしだ。苦笑してから、弦君に目を向ける。

「私も好き」

この言葉を欲しくて随分遠回りした。

「だから、もっと私を知って。綺麗な部分も汚い部分も、知って欲しい。それでも愛してるって言って」
「勿論。全てを受入れられる男になってみせる。それまで待っていてくれ」

理沙を見ると、やっぱりまだ悲しそうだけれど何も言わずに弦君を真っ直ぐ見ている。
私達は現実でしか生きられない。
それでも思いを積み重ね夢を見ながら生きる。
現実を生きながらも実は過去でもあるし、夢なだけかもしれない。

私達は少し距離を置いた方がいい。私達はお互いに近すぎたから、駄目だった。
氷帝に残るのはそういう考えもあるからだ。
でもそれは離ればなれの現実を生きるわけではないと、思うから。

「ねえ、私達、ずっと一緒だよね」



戻る
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -