15


「行くのか?」

携帯を閉じカフェテリアに戻ってきた九条に聞くと静かに頷く。
驚いたふりもしないのがこの女だ。
別に野暮ったい真似をしたいわけではない。裏で調べ上げる事は容易だったが、する気もない。
ただ立海から離れる時も何も言わずに去ったのだという事はわかった。

「呼んでくれくれたから」

行かせるべきか悩む。あちらがどういう動きになっているかわからない。
また九条が傷付くだけではないか。
知らないし、知る気がないから口出しもすべきではないのはわかっているが。

「怒ってる?」
「俺様がその程度で怒る器の男だと思ってるのか?」

顔色を窺うように、少し上目使いで俺様をみやる。
分ってやっているのはわかるけれど不思議と嫌悪感はない。本当に女である事に徹底している。

「思ってない」
「なら余計な疑問は口にしない事だな」
「手厳しいなー」

九条は絶対に行くだろう。俺が止めても。真田のもとに。
よくやると思う。真田には勿体無い。
だから故に不安定なのだろう。止まる事を知らない。
鳳だと止めきれない。慈朗が止めた方がいいと忠告するのも頷ける。
鳳は優しくする事ができても、下手すると一緒に落ちていくだけだ。
九条には強い男が似合う。
駄目な所を真っ正面から叱れる男がいい。強引にでもやめさせられる男がいい。

「足を貸してやるよ」

真田に足りないのは気付く事だ。鈍いから。
大方の原因は予想がついている。

「いいの?」
「ああ。雨降ってるし、なるべく早い方がいいんだろ?」

外は体温を奪うような冷たい雨が降っている。
ずっと黙ってみていた。だから最後まで何も言うべきではない。
ならするべき事は一つ。

「俺様直々に提案してやってるんだ。ありがたく思えよ」
「ありがとう」

どんな結果が待ち受けようとも、見守る。俺様がそう決めた事だ。
九条にとってあくまで氷帝は借宿に過ぎない。
テニス部の側にいた理由も頷ける。
面倒事があれば九条は上手く避けてみせたはずだ。それをしないのは真田の為だ。
手がかりの一つだし、「中学テニス界」から離れないようにする為。
みごと九条の舞台の役者にさせられたというわけだ。
携帯で車を呼ぶと十分程度で校門に見慣れた黒塗りの車が到着する。

「立海だ」
「承知致しました」

運転手に告げ九条を車に押し込む。
俺は乗らない。そう言うと九条は ようやく本気で驚いた表情をした。

「足を貸してやると言ったが、付いて行くとは言ってないぜ。
 お前と違って生徒会長としての仕事が忙しいからな」

半分嘘で、半分本当だ。
多くの権限を生徒会長が持つから、仕事はかなりある。
しかし俺にかかれば苦ではない。
ただ一緒に車に乗ると余計な事を聞いてしまいそうで嫌なのだ。

「好きにして来い。俺様には関係ないからな」
「酷い」

心にも思ってない台詞を鼻で笑って一蹴する。

「本当にいい役者になれそうだよ、お前は」
「女の子はみんな役者なんだよ。それもとびっきりのね」

九条みたいな女がゴロゴロいてたまるか。
女は多少馬鹿な方がいいとは思わないが、それでも厄介者ばかりだと疲れる。

「跡部君」
「なんだ」
「ありがとう。それから、行ってきます」

は、と答える前に九条は自ら扉を閉めた。そのまま車は進んで行く。
止める事はできたがそれも癪にさわって頭を強くかいた。
……今日中に帰ってくるだろうか。

「跡部さん」

ぱしゃりと、人が近づいてきた。この声は鳳だ。振り返らずになんだ、と問う。

「行ってしまったんですね」
「……悔しいか」
「どう、でしょう。正直わからないです。でも、適わないって思います」
「そうか」

でも、以前の鳳ならばきっと行かせてしまった俺に問いつめるだろう。
鳳も成長しているのだ。
成長しないやつはない。
真田も、九条も不器用ながらに生きていく。
そうやって何かを失いながらも何かを得るのだろう。

「鳳、何か上手いもん食べにいくぞ」

だからせめて失恋男のやけ食いぐらいには付き合ってやろうではないか。



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