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俺は、いつもひとを傷つけてばかりだ。今度こそ傷つけまいとして、やはり失敗する。
この鈍い己のせいで一体何人を傷つけたのだろう。
俺の至らなさに巻き込まれた仲間。柳生。理沙。そして、結衣。
どれも大切なのだ。そう口にしてもそれは戯言にもならぬ、ただ音の羅列にしかならないだろう。
「やだ!ずっと側にいて、くれなきゃ、嫌だ!いてくれなきゃ、また飛び降りる!」
車椅子から精一杯に手を伸ばして俺の服を掴みすがる理沙に目眩がする。
夕方、わざわざ廃墟に二人呼出して、止める間もなく落ちていく姿は未だに悪夢として何度でも俺を苛む。
あれをもう一度繰り返させられるようなものならばもう立ち直れなくなってしまうだろう。
一度目だって、結衣のおかげで漸く大倉の見舞いに行く勇気を得られたというのに。
オロオロする赤也。何故大倉と一緒に現れたのか小一時間程度問いつめたいが、今はそれどころではない。
なるべく優しくその手を包むように握るとほっとしたかのような表情を浮かべた。
「ねえ、私、弦君の為ならなんでもする。結衣ちゃんみたいに、なるから」
「結衣は結衣にしかなれない。そしてお前もだ。理沙には、理沙の良さがある、だから」
「じゃあ、なんで私じゃないの」
くしゃりと顔を歪められて心が痛む。
本当に恋愛というのは理屈ではないのだ。いかに好かれていようが恋に落ちないし、その逆もそうで。
「弦君、結衣ちゃん私も好きだけれど、弦君の思うような子じゃないよ。
どれだけ拒絶されても挫けなかったのは何故か。
自分の事を好きでいてくれているっていう余裕と勝者の特有の考えがあったからだって思わなかった?
それだけじゃない。私が……私が弦君に依存しているってわかって何も言わないって決めたとき。
下手に行動して、私が縛り付けて自分の可能性を狭めないようっていう打算がなかったって。
思わなかった?
結衣ちゃんは、優しくて、可愛くて、女の子らしいよ。でも、もっともっと、狡賢いんだよ!?」
理沙は、どちらかというと、物事をはっきりという方だ。だがこのような事を暴露するというのも珍しい。
驚いたら、何故か理沙が瞳を揺らした。
「結衣ちゃんは、それでいっつも無理するの。狡賢いくせに、悪になりきれない。
大切な所、わかってないんだもん。絶対にいつか駄目になる。
だから、それぐらいなら、私にしてよ。好きじゃなくていい。愛してくれなくてもいい。
ただ、側にいてくれたら、それで、いいから……」
これほど強い気持ちを持ってくれた事に俺は感謝せねば、ならないのだろう。
愛してくれるというのは誤解が生じてしまいそうな言い方だが、楽だ。
好きになるという感情はとても、積極的な感情で、振り回される。
けれど愛してもらう、というのは受け身で、なおかつ満たされる。
でもそれだけではいけないのだ。それは理沙とてわかっているであろうに。
だから俺は告げなければならない。
傷つけるとわかっていても。
いつだって理沙も結衣も覚悟を持って俺にぶつかってきていてくれていた。
覚悟していなかったのは、俺なのだ。俺の甘さが原因なのだ。
痛い思いをしてやっと気付けた。手遅れかもしれない。それでも。
「……気付いていた」
理沙の瞳が大きく見開く。
「なんとなく、だが。結衣は俺にそこを隠したがっていたようだったから、確信はあまりなかったが」
女性らしい控えめな物腰が好ましかった。その柔らかな仕草に隠れた芯の強さに幾度驚かされた事か。
どんなに辛くても一人、唇を噛み締めて強い光を放つ光にぞっとするぐらい惹かれた。
思えばそこだったからだろうか。結衣が気にかかりはじめたのは。
「無自覚なのより、むしろ自覚的な者の方が実はやっかいだ、というのは本当に言い得て妙だな」
わかっているから巧妙に隠してしまうのだ。鈍い俺には長いこと側にいても全然、わからなかった。
「……幻滅、したんじゃないの」
「なんでお前が泣きそうな顔をするんだ」
俺も大概だが理沙も余程だ。目尻に浮かぶ涙を親指の腹で拭う。
「幻滅なんて、するわけないだろう。そこも結衣の一面だ」
「……そっか」
力なく服を掴んでいた手を放す。
「これで諦めるから、キスして、て言ったらしてくれる?」
「……無理だ。悪いが」
「酷い」
生きていて、何度、人を傷つければすむのだろう。
生きているだけで何かを傷つけてしまうのなら人間はなんと罪深い生き物であろう。
だが、それが人間なのだ。
傷付いて、意地をはって、突っ張って、喚いて、足掻いて……。
だから俺はその事実を受入れよう。
罪を全て背負うと言っているわけでも、贖罪をしようというわけでもない。
そこまで器用でも器が広いわけではない。
ただ、ありのままの自分を認めようと、思う。
そこから、だ。
俺が結衣を好いた事から背を背けずに。
結衣の事を。理沙の事を。
全て。
「だが、感謝させてくれ。ありがとう。理沙。俺の事を思ってくれて。
お前の気持ちは受入れる事は出来ん。だからそのかわり、俺はお前の幸せを一番に祈らせてくれ」
「……こっちの台詞だよ、馬鹿。弦君が幸せになってくれなきゃ、私はなんの為に、飛び降りた事になるの」
「ああ、必ず」
未来はわからない。
絶対なんて信じるほど、夢見がちでもない。
だが、それでも願わせて欲しい。
「必ず」
三人とも、それぞれ後悔のない道を歩める事を。
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