13


化粧を施した山肌は色鮮やかで美しい。
その下で無邪気に笑い合う向日さん、宍戸さん、鳳さん。そして九条さん。
無邪気な姿は無理しているのがわかる。それはそうだろう。
見つめる視線に気づいて気にするなと言うように跡部さんは手を上げた。

「でも気になるんやろう?」
「気にしてるのはテメーじゃねえのか?」
「どこぞの王様には負けるわ」

跡部さんはふん、と不機嫌そうに鼻をならした。

『陳腐な、恋愛のもつれ話なの』

そう、九条さんは小さく笑みを作っていた。

『よくある三角関係』

登場人物は、三人。九条さんに真田さん。そして、大倉理沙という女性。
大倉さんと真田さんは小学生からの付き合いで、真田さんを恐れない数少ない女友達だったらしい。
その大倉さんと親しくなりその筋で真田さんと知合ったという。

『一年、二年と側にいる内に私は弦君を好きになった。うん、初めての感覚だから戸惑ったなぁ……』

懐かしむような表情を空をあおぐ姿はまさに、恋をしていると、という感じだった。
鳳さんは複雑だろう。見ればわかる。彼女の心に他人が入り込む隙間はない。

『でも、私は理沙が弦君が好きな事を知っていた。ううん……理沙は弦君に依存している節もあった。
 気持ちはわかるよ。依存しやすいし、したらとっても居心地がいいと思うもん』

依存した理由を九条さんは語らなかった。
知らなかっただけかもしれないし、あえて言わなかっただけかもしれない。

『だから、私は言わない事を決めた』

そこにどんな葛藤があったのかは知らない。友情と恋愛。どちらかをとるべきなんてもの、ないのだから。
ただ、どちらを取ってもその分の犠牲はあり、救いがある。

『けれど弦君は私を好き、でいてくれたみたい。状況証拠みたいなものだから絶対とは言えないよ?
 でもたぶん、そう。理由は理沙。理沙が行動を起こした。自分という存在を、弦君に縛り付けるために。
 理沙が、何をしたと思う?――飛び降りたの。私と、弦君の目の前で』

四階からだという。死ぬのには足りなくて、生きるのには難しい高さ。
どちらでも良かったのだろう。一種のカケだろうが、その衝撃は一生忘れられない。
そういう意味で、大倉さんの企みは成功していると言えなくはない。

『弦君は自分のせいだって、責めたよ。気付いてあげられなかった事。こんな事になってしまった事。
 弦君は理沙への申し訳なさから、私の事を拒絶した。まるで、そこに初めから私がいないかのように』

鳳さんや向日さんさんが何か口を開きかけたたが九条が視線をやると黙った。

『私はそれでも弦君に付きまとったよ。私の存在が苦しませるとわかっていても。
 逃げる事だけはして欲しくなかった。でもやっぱりね、辛かったよ。だから、カケをする事にした。
 これで最後にしよう。そうしたら、私は身を引こう。弦君の前から消えよう。そう思った」

ああ、だからこんな時期に氷帝に来たのか。

『結果は私の勝ち。けれど、私は身を引くと決めていたから、何も告げずにここに来た。
 もうちょっと、色々とあったけれど大枠はこんな感じ』

幸せそうな笑みだった。

それに対して酷い女だと跡部さんは言った。
純粋に友人や真田さんの為に尽くしたと思っていたが、そうでもないらしい。

「確かに九条は聡明な女だ。優しさもある。しかし同時に自分の利益を冷静に考えられる奴だ」
「樺地は純粋やからなー。わからんやろうな。でもそれが樺地の良さなんやろうなぁ」

わからない。けれど跡部さんが納得していれば、構わないと思う。
自分の絶対は跡部さんで、跡部さんがいいならそれでいい。
だからあんな過去があったのにも関わらず無邪気に遊び回る彼女を眺めた。

「まったく、ジローが言うとうり、鳳には扱いきれねーだろうな」

鳳さんは、九条に好意を持っているらしい。
彼女みたいな女性らしい優しくて包み込むような人は確かに鳳さんのお似合いに思えるのに。

「あんな、樺地。九条は自分が女であるという事を最大限利用してるんや。
 それは悪いことじゃないで。自分の持っている物を利用するのは当然。なかなか難しい事なんやけど」

わかるような、わからないような。
ただわかるのは跡部さんはそういう人は嫌いではないという事だろう。
その為にわざわざ跡部さんは予定していた時期を早めてこうやって紅葉狩りに来ている。
九条さんの気が紛れるように。

「跡部さん」
「どうした日吉」

今まで一歩離れた所にいたのに、何か決意した表情でこちらに歩み寄ってきた。

「九条、先輩の事なんですが」
「あーん?九条がどうした」
「言おうか悩んでたんですがもう、話してもいいと判断しましたので伝えます。
 雨の日に、先輩と二人きりで話した事があるんです。誰もいないコートを見つめてました。傘をささずに。
 先輩は言いました。『待つ為にここにいる』と」
「待つ?状況からして、真田やろうけれど」

九条は身を引いたと言っていた。もう関わらないという事なのではないか。矛盾していた。
一人でいままでずっとそれを悩んでいたのだろう。日吉さんはどこか肩の荷を降ろしたような表情だ。

「まだ隠し事は多いっちゅー事やろうな。でも見つかったならもうおしまいのような気もするな」
「わからないですがその可能性もあるのでもういいかと考えました」
「……まだ終わってねぇ。そんな気がする」

跡部さんは唸るように呟く。何か引っかかるものがあるのだろうか。

「……九条さん、は……それ……でも…………誰かを、傷つけようとしているとは……思えません」

隠し事が多いとか、狡猾とか。
そんな評価を受けていても、そんな人にはとてもとても思えなかった。



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