12


どんな事があっても世界は残酷にも時を刻み、進んでいく。
このままで在りたいなんて希望は幻で現実にはなりはしない。
永遠はなく不変もない。
無情な世界だ。
けれど私はこの世界にまだ生かされていて。
だから、まだすべき事が残っている。
さぁ。最後のカケをしようではないか。


現実に考えて生きていく上で自分といえ命にどれだけの希望と、犠牲と、利潤を消費しているのか。
それを考える子供はいるだろうか。少なくとも普通は考えることではない。
口に出しこそないが、俺がどういう犠牲の元で成り立っているのか、考えずにはいられない子供だった。
だから見た目の奇抜さ、性格の破天荒さの裏腹に、学校にはきちんと行く。
試験でもそれなりに成績を上げ、両親に驚かれる程に生真面目な行いをする。
だからだろうか。
真田が例の一件において様々なものに守られているのに、気付かないことに無性に苛つく事がある。
真田は気付かない。
決して気付かない。
自覚の程度が甘いのだ。
だからそしてこうして今も守り続けられていることにすら気付かない。
携帯を閉じて、少し目を細める。冷たい風が心を研ぎ澄ましていくようで心地よい。

真田は……一本の刀のような男だ。ぶっとく、芯の通った刀。いつだって、中央のみを貫く。
邪道を真とするような存在にはそれが鬱陶しくも眩しい。光は闇を生じても、その逆はありえないのだ。

そこまで考えて、ふんと息をはいた。
だからなんだというのだろうか。
柳生が言っていたように、自我というのはどうあがいてもそれにしかなりえない。
だいたい真田のような馬鹿正直な生き方を羨ましく思った事はなかった。
狡く、生きる。世界はその方がよほど愉快で楽にできている。
ただその質に惹かれるという感情は理解できなくもない。闇が強ければ強い程より強い光に惹かれるのだから。

「質問に答えろ」

どこまでも無骨な様に俺はただ婉然とした笑みを携えるだけに留めた。
眉間に皺がよるのははぐらかすかのよな仕草に苛立ちを感じたのであろう。どこまでも不器用な奴。

「俺が動いたら何か影響がでるとでも思ったか?」
「お前と駆け引きをしても、勝てない事を知っていての発言か」

幸村を探しにこの屋上に来た真田が俺が例の事件に関わりたがらなかった訳を聞いてきたのだ。
俺らしくないと。
何をもって俺らしいというのかこの男はそう言ったのだ。

「巻き込む人間が少なくて真田としては喜ばしい事じゃろ」
「だが、お前は何も行動しないのを良しとしないだろう。何か企んでいるのか」
「全身を詐欺で偽っていると言っても納得されてしまうような俺にそれを言うんか?」

手の内は見せん。少なくとも、お前が気付かない限り。
俺は親切でも優しくもないから一から十まで道を作ってやる気はない。

「お前さんは、目先の事に囚われ過ぎるぜよ」

ただ飄々とする俺に諦めたのかどうなのか、珍しい物憂げな溜め息を吐いた。
これ以上聞き出せないと踏んだのだろう。
さっさと幸村を探しに行け。そう言葉の外に表すように後ろを向いて、柵に、腕をかけ、校庭を見下ろす。
見下ろして、そこに、あり得ないものを見て、思わず肩を揺らす。
動揺を表に出さない俺の仕草に疑問に思った真田が、隣に並んで、息を飲むのが見えた。

「り、さ……」

掠れた声だった。喉の奥からひねり出した様な声音は、強張っていて、それだけで動揺の具合が見て取れる。
理沙。大倉、理沙。
今回の、事件の中心人物の、一人。
最悪を引き出した女。
それが、いた。
車椅子に座って。
ガシャンと大きな音。柵が揺れ、振動が腕に伝わる。
振り返れば、真田はすでに屋上の扉をくぐり抜けていようとしたいた。
それにしても。
大倉の車椅子を押している奴。見覚えなんてもんじゃない。

「なんで、赤也が」

俺は関わらないというスタンスを見せ続けていた。
だが、真に蚊帳の外というのなら、赤也がそれに当てはまった。
だから、何故赤也が大倉と一緒にいるのかわからない。
唇を噛み締める。
イレギュラーすぎるだろ、あのワカメ。
その隣にいる女は誰だ。それは知らない。

「あ、泉さんだ」

急に耳元で暢気な声がして思わず肩を揺らしかけた。もっとも今度は隠す事には成功したが。

「急に現れなさんな。相変わらず気配がうっすいの」
「えー、それって存在感がないって事?」
「それはあり得ん」

気配はないが、一度認識したら忘れられないキャラクターの持ち主だ。だからこそ興味が生じたのだが。

「……おまんはあの女子をしってるん」
「知ってるよ。同じ委員の後輩だからね」

泉。恐らく赤也と同級生だろう。後で調べてみる必要があるか。

「動きだしたんだね」
「戻るだけかもしれん」
「守られるだけは、嫌なんだよ」
「……俺のした事は嫌か?」
「嬉しいよ」

守ってくれてるんだもの。
そう言うなら大人しくして欲しいものだ。

「好きだから。知らないのは嫌だし、守られるだけの関係はいや。それはいずれ、駄目になる。
 解ってるでしょ?だからこの今なんでしょ?」
「あと、もう少し、だけ、じゃよ」
「……雅治は刀みたいだね」

それは、真田だろう。言いかけたが、つぼむ。
違う。皆それぞれ、刃を隠し持っているのだ。
形状こそかわれど。
鋭利な何かを、持っていて、それで戦うのだ。
世界と。
己と。

「使わないといつか錆びるよ?」
「本人しだいじゃ」

こいつが簡単に守られる奴じゃないのは知っている。だから、これは自己満足で回避しているだけだ。
いつかは、向かい合う日が来るのだ。
真の、敵と。

なぁ、真田。
戦う敵は、そこにはいない。
それに気付け。
気付かないと一番大切な物を失うぞ?



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