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空が高い。鱗雲の大群が気持ち良さげに泳いでいる。
思いっきり手を伸ばせば届くのだろうか。それとも自慢の脚力でジャンプすれば?
それでも届かないことに喜びを感じる自分がいて。
高いのは、いい。狭くて迫ってくる夏の空より天高い秋や冬の方が好き。
開放感に溢れてる。まだまだ高い場所があってそれに向かいもっと飛べると言ってくれてる気もする。

「おい、こんな所でジャンプすんなよ」
「テンション上がってきたんだから仕方ねーだろ」

亮の注意にむくれ唇を尖らせた。俺のジャンプは高いから邪魔とか目立つという理由で怒られる。
でも押さえらんないものは押さえらんないのだ。

「今から体力使うんやないで。フォローするのは俺なんやから」
「そこまで体力ないわけじゃねーし!」

これから練習試合とはいえたった数回の軽いジャンプが影響するわけない。
だいいち歩いていけるぐらいの移動に体力を使うはずがないだろう。
一々酷いチームメイト達にむくれているとクスクスと控えめな笑い声が聞こえた。
九条だ。マネでもない九条がここにいるのは他でもない。長太郎だ。
好きな人にカッコいい姿を見てもらおうと思うのは当然の事だと思う。
だから練習試合に誘ったのだ。
長太郎が九条に惚れてるのはこのテニス部の中では周知の事実。
それに九条は良い奴だから同行するのも跡部は許しのだろう。

そう。九条は良い奴だ。長太郎が惚れるのも恋愛に関わりのなかった俺でも解るぐらい。
控えめで気遣いはできるが意志は強い。大和撫子とはこういうのだろうか。
だから仲間として受け入れるのに抵抗はなかった。だから、九条の悲しみを取り除きたいと思う。
全く、一体、げんくんとやらは何処のどいつで何をしでかしやがったのだ。
内心気になる所ではあるが問いつめるのもできずに。
何時もと変わらず意味のないような明日になれば忘れるような雑談を交わしている最中。

「結衣!」

低い男の大声。結衣。そうは九条の名前。
ばっと九条を見ると驚愕の色に染まっている。固まった九条の腕を駆け寄ってきた男が掴む。
知っている男だ。そう、こいつは。

「弦、くん……。なん、で、ここに」

立海の真田弦一郎。皇帝。さらに、後ろには他の立海メンバーがいて。
そして。九条の言葉で気がつく。げんくん、の正体に。
いきなりの展開に正直ついていけない。だがそんな事はお構い無しに二人の会話は続く。

「氷帝に転校したのか。何故黙って消えた」
「……放して」

拒絶の言葉に真田は一瞬戸惑った雰囲気を出すが更に強く腕を掴む。

「探したぞ。心配をかけおって」
「痛い、よ」
「それに、お前に……謝りたい事がたくさんあるのだ。謝ってすむ事ではないのはわかっている。
 お前の気がすむまで何でもする。だから、戻ってこい」
「お願いだから、放して!」

悲痛な響きを伴った叫び。顔色が青ざめているのがわかる。怯えているのが解る。
九条が怯えるというのはなんだか納得がいかないがほっとけないだろう。

「放して下さい!嫌がってるでしょう!」

真田と九条の間に長太郎が割り込む。敵対心をむき出しな長太郎は珍しい。理由はわからなくないが。
九条を長太郎が背に隠す。

「樺地」
「ウス」

跡部の命令で九条を連れてく。追いかけようとする立海の奴らの進路を遮る。
ほとんど何も知らないけれど嫌がってる彼女を無理矢理引き止めるの駄目だろう。
それに今は九条は氷帝の生徒だ。守るし、連れていかせない。
町中での騒動を避けたいのかやがて去っていく立海。

「行きましたね」

どこかホッとした表情の日吉が呟く。でも居場所をばれたのだろうから本番はこれからだ。
跡部が樺地に連絡して九条の元へ。すぐさま長太郎が心配そうに言葉をかける。
青ざめていた顔もすでに凛とした表情に変わっていて、九条の気丈さが伺えた。
でもきっと無理をしているのだろう。こういうタイプは隠すのが上手い。そう宍戸が言っていた。

「おい結衣」
「うん」

跡部の言葉に一瞬目を伏せ頷く九条。

「話すよ、何があったか」
「全部だぞ。今まで黙秘しやがってたぶんな」

ただ、九条は微笑んだ。
悲しそうな。寂しそうな。それでいて全て受け入れて悟ったような。
そんな笑みだった。

あぁ、九条はきっとまだ隠すのだろう。

嘘つきなやつ。

でも。それでもきっと何も言えなくなるのは。
九条が全部背負ってくれているからだ。
立海の奴らが、恨めしい。
今までずっと守られてきたのだろうから。

そのぶん、俺達が守れるのだろうか。
それともすでに守られている?

守る事。守られる事。どうあるべきか、難しいものだと思う。
寄りかかり過ぎも駄目で守り過ぎもいけない。
ほどよく守られなければいけない。守らなければいけない。
九条はきっとそのうちに背負いすぎて動けなくなる。
いや、だから氷帝にきたのだろうか。

でも、思った事を上手く伝えるなんてボキャブラリーの足りない俺にはできなくて。
もどかしい。
何もなくても伝えられる術があればいいのに。

「……クソクソ」

声は、誰にも届かずに消えていった。



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