09


シンとした桜のような人。それでいて蝶のように軽やかにどこか行ってしまいそうな。
ふとした時に垣間見せる強い意志と相反した儚さに酷く惹かれた。
九条先輩の愁いを取り除けたらばと願うようになった。
好きだと気付くのにはそう時間はかからなかった。
俺は魔法にかかるように恋に落ちたのだ。

「止めたほうがいいと思うけどね〜」

お日様みないなふわふわな金の髪を弄りながら先輩は呟いた。ソファーに寝転がり、こちらを向きもしない。

「何で、ですか?九条先輩が心に留めている人がいるからですか?でもその人とそういう関係とは」
「それもあるよ。でもそうじゃなくても俺はお勧めしないC」

最終的に決めるのはチョタだけど、と最後に放置するのは先輩の癖だ。それも厄介極まりない。
そう言われて気にしないわけないじゃないか。

「チョタは変わらないよね」

クスクスと笑う先輩はまるでそこが愛おしいという面持ちで。

「学習はしてるつもりですよ、これでも」

俺はどうも助けたいと思う気持ちが先行するみたいで。周りは優し過ぎると評価するが。
それで手を出しすぎて前に好きになった人を駄目にしてしまった。
でも九条先輩はしっかりしているし、そんな事になるとは思わない。俺だって注意する。

「チョタに結衣ちゃんは手に負えない」
「なんでですか!」
「熱くなっちゃ駄目だC〜」

芥川先輩と二人っきりになった事をここで初めて後悔した。いや、どうせこの人なら確信犯だ。仕組んでる。
正直、俺は先輩が苦手だ。ボレーヤーとして腕は凄いと思う。眠ってばかりの印象だけど、尊敬もしてる。
でも先輩は物凄く鋭い。跡部さんのインサイトとはまた違う鋭さ。見通しているかのような。
その髪色と同じようにお日様みたいな天真爛漫で無邪気なのに。否。無邪気、だからだろうか。
時折、先輩は残酷なまでに真実を投げかけるのだ。
俺は先輩の、その言葉にいつも冷や水をぶっかけられているような気分になる。

「先輩はいつもそうやって否定するような事ばっか言って、どうしたいんですか」
「ん?俺だって応援したいよ」
「じゃあ」

思わず喰ってかかりそうになった所を控えめなノック音が止めた。
レギュラー用の部室に入るのにノックするという事は平部員か、部外者か。
固まる俺に変わってどうぞーと返事をする芥川先輩。入って来たのは話の中心人物。

「……お取り込み中?」

どことなく漂う雰囲気を察したのか申し訳なさそうに眉をハの字にして尋ねてきた。
部屋のノックもそうだけど、この控えめな礼儀正しさな所が好感を持てる。
九条先輩は信頼されていつでも来て良いなんて言われても好き勝手に入ってきたりしない。

「そんな事ないですよ。九条先輩はどうしたのですか?」

逃げてるなんて知ってる。芥川先輩がチラリと俺を見たのを努めて気がつかない振りをする。

「跡部君を、ちょっとね。探してて」
「跡部さんをですか?さぁ……知りませんね。何かあるなら伝えておきましょうか?」
「ううん。直接話したいから」
「ここにいれば暫くしたら来るんじゃないですか。俺、丁度暇してましたから相手します」

ありがとうと微笑む彼女は可憐な小さな花のよう。
恋に落ちるとそれだけでそこに日差しが差し込む。世界が輝いて見える。
だから人は恋をするのだ。愛を求めるのだ。永遠を、求めるのだ。
なのに、先輩はこの人を諦めろと。無理だと。釣り合わないと言うのか。

「そんなの、無理だ……」

呟きを拾われたのか先輩は首を傾げる。

「先輩。もし。ですよ。もし、諦めたくないのに諦めろと言われたらどうします?」

答えを先輩に求めるなんてズルなのかもしれない。それでも聞いてみたかった。
その身体に抑えきれない程の強い意志はどこから来るのか。俺に足りない、貫く強さ。その源を。

「……笑うよ。諦めるのは辛いし心残りになるから。だから、未来を信じて笑うの」
「笑う?」
「そう。現実に打ちひしがれても心までは屈したら駄目」

そっと俺の頬に手を伸ばす。慰めるかのように。応援するかのように。
触れられた箇所にほのかに熱が灯ったような気がした。

「ほら、笑って」

思わず。
そう。
何も考えずに、先輩を抱きしめてた。
驚きからか身体を強張らせるのを感じる。けれど直ぐに力を抜いて俺の背に手を回して。

「大丈夫だよ。鳳君は頑張れる」

透明な水にゆっくりと青いインクがにじんでいくような調子で先輩は語りかける。

「大丈夫、大丈夫だから」

幼子をあやすように一定のリズムで背中を優しく叩くきながら紡ぐ。
水面にぽつりと落ちる雫が波紋を作るかのように胸の奥へと広がる。

「先輩、九条先輩……」
「うん」
「幸せになりたい、です……!」

先輩を諦めたくない。
貴女を幸せにしてあげたい。
そして。
願わくば。
俺も貴女と共に幸せになれれば、どれだけ幸福になれたらどれだけ幸せなのだろうかと。
想像するだけで歓喜で震えてしまう程の思い。

芥川先輩。俺、貴方に何を言われようが絶対に諦めません。

意志を込めた目で九条先輩の肩越しに見つめる。
芥川先輩は、微笑んだ。



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