07


まだ制服に着られている新入生をちらほらと見かけるとあぁ、新しい一年が始まるのかと感じる。
私が中学生に上がった時も同じように思われてた。
クラス割りの紙が張られている場所には人が集っていて近づけそうにない。
ムーの群だと思いながらも、今は仁王くんはいないのだ。入るぞと意気込む。

「里香!」
「美羽ちゃん」

と、その中から人を掻き分けながら美羽ちゃんが駆け寄ってきた。

「おはよー!」
「おはよう」
「今年も同じクラスにやったよ」
「本当?じゃあ、今年も一年宜しくね」
「うちも宜しくな」

美羽ちゃんは朗らかに言う。その顔は晴れやかだ。
同じクラスになれたからと言うだけではなさそうなので、件の彼氏とも上手くいったのだろう。

「な、里香。相談ありがとな。おかげで彼氏との距離がぐっと近づいたんよ」
「そっか。よかった」
「ほんまに里香様々や」
「言い過ぎだって……」

話を聞いていただけで特に何かしてあげたわけではない。だから問題を解決したのはやっぱり美羽ちゃんの力。
あぁ、そういえば美羽ちゃんの問題が解決したら仁王くんのことを話しておかなければ。
散々気を使ってくれたのだ。当然だろう。
美羽ちゃんが落ち込んでいる時には切り出せない話題。
時間がたちすぎても変に気を使っているようで却ってきりだせなさそうで。早く解決して良かった。
新しいクラスへと足を向けながらも口を開く。

「あのさ美羽ちゃん。私の初恋の人のことね」

切り出した話題に不思議そうに眉をあげる。普段、私からその話題は出さないからだと簡単に予測がつく。

「春休みの時に会えたの。部活の合宿で、こっちに来たからって」
「本当に!?よく会えたなぁ。普通、無理やで。……良かったなぁ、里香」

優しく微笑んでくれた美羽ちゃん。こんなにも私のことを思ってくれる友人なんていない。
私は、きっと恵まれているのだ。

「合宿ゆうてたけど何部なん?」
「テニス部だよ。レギュラーって言ってたし強いと思う」
「嘘!テニス部!?」
「え、どうしたの?」
「今回合宿にきたテニス部なんて限られてるわ。うわぁ……凄い人捕まえたもんやなぁ」
「えっと、」

そこまで有名なのか。全く知らなかった私は鈍い?

「それでそれで?いったい誰なんよ」
「仁王くんって言うんだけど……知ってる?」
「詐欺師やん!へぇ、意外も意外な相手やないか。私、てっきり紳士とか、神の子かと思うたわ」
「そうかな?」
「ん〜、でも里香は案外そういう相手のほうかいいのかもしれんな」

ふんふんと一人納得している美羽ちゃん。どこあたりで納得したのかわからないのだけど。

「でも遠距離や不安とか尽きないやろ」
「それでも、私は信じてるから。仁王くんのこと」
「里香のそういうとこ尊敬するわ。私だったら絶対に無理。ばんばん本音出まくるし」
「美羽ちゃんは、それでいいと思う」

思ったことをそのまま言えるのは美徳だ。本音なんてなかなか言えはしない。
尊敬なんて言うが私にしてみれば美羽ちゃんのそんな所、本当に尊敬する。
里香は大人やねぇという呟きに曖昧に笑いながら新しいクラスの扉に手をかけた。
大人なつもりはない。まだまだ子供じみた事なんてたくさんする。
美羽ちゃんがそう感じるのはきっと言わない部分が多いからだ。

中に入ると教室は興奮からか賑わっていた。
もう私達は三年生は友人もだいたい固定しているので直に収まるだろう。
ざっと見た顔ぶれは明るい人が多い。きっと楽しいクラスになるだろう。
黒板に書かれてある「出席番号順」の文字。筆圧が薄くて流れるような文字が特徴的で。

「この字、三井先生のだね。担任、三井先生なのかな?」
「あぁ、そうなんよ。言い忘れてたな。里香はクラス分けの名簿表見てへんからな」

三井先生は二十代後半の上品だけれど気さくな人柄で、生徒との仲もとてもいい。
国語で特に古典専攻で教え方も丁寧だから人気もある。
担任が誰かによって一年がだいぶ変わる。
授業こそ科目で違うけれど一番お世話になるのはやはりクラスの担任だ。

「一年、朗らかに暮らせそうや」
「でもなんだか自由になり過ぎそう」
「この学校もとからフリーダムさかい。気にせんでええ事や」

快活に言って席を探し始める。それに従って私も席に座った。
荷物を置いたらすぐに置いたらこっちに来るだろう。
そう思い鞄を横にかけぼんやりと外を見る。空は快晴で、春らしく柔らかな色合いだ。
始業式は同じ日だと聞いた。仁王くんも同じく空を見ているのだろうか。
いや、大阪と神奈川ではだいぶ距離がある。
乙女みたいな思考だと頭の隅に考えを追いやった。
仁王くんの事を思うとどきどきして心があったまる。
幸せな気分になれる。でも年がら年中考えていたら私の心臓はもちはしまい。
それでも神奈川も綺麗な青空だったら、いい。
空のもっと遠くを思っているとかたん、と前の方で音がして視線を下げた。

「話すのは初めましてかしらん?白川さん」
「そう、ですね。何の用ですか?金色さん」

座ったのは金色さんだ。話した事はないがしかし認知はしていた。
いくら興味がないとは言えども目立つのだ。テニス部は。
もっとも白石さんなどとは違い恋愛対象ではない。
むしろ女友達みたいなノリで周囲の女の子とも付き合っているのでざわつくことはないが。

「つれないわね、もう。折角可愛い顔してるのに。
 けれど仁王君のお姫様だもの。そんな方が彼らしいのかしらね」
「え、……あぁ。けど金色さん、お姫様なんて」

テニス部なのだ。知っていても可笑しくはないだろう。

「あら、恋する乙女は誰でもお姫様だとは思わない?特に結ばれたんですもの。幸せでしょう?」

確かにそうだけどお姫様であるのとは別だ。
それに気持ちが通じたのは嬉しいけれど、幸せなだけではない。辛いこともある。
幸せになってハッピーエンドとはいかない。だって私達は進み続けている。
そう告げると意外そうな顔をされた。

「現実的なのね白川さんは。仲良くできそう。
 仁王君からは色々と気を使って欲しいって言われたんよ。それに白川さんのことも教えてって」
「仁王くん、が?」
「ふふ、愛されてるわね。でもなんでメールアドレス交換しなかったの?」
「お別れした時は小学校で携帯もってかったんです。だからその時の延長線で。
 そんなことも考えませんでしたよ。それに、なんだかそんなふうに安易に繋がってしまうのが嫌で」

そう。メールをすれば今だったら簡単に繋がってしまえる。携帯から電話だってできる。
でもなんだかそうするのは違う気がした。それらを否定はしない。それでも私達の間では何か違うと思う。
きっと何もせずにこうする時間も私達には必要な時間なのだ。

「会えない時間が愛を育むもの、らしいですよ」
「……そう!じゃ、何も言わないわ。それで仁王くんが家族と喧嘩してないかって心配してたわよ」

仁王くんはそんな事まで言ったのか。いや、たぶん喧嘩しているだけで細かい内情は言わないだろう。
金色さんも根掘り葉掘り聞き出すような性格ではなさそうだ。

「未だに気まずい、かな。けど心配しないで欲しいって言って下さい。これは私の問題ですから」

お母さんから逃げて帰った後、何かいいたそうなのを無視して。
それから特に何かあるわけでもないけれど気まずさが残る。
今何か言っても馬の耳に念仏。意味をなさないだろう。
お母さんは頭が固すぎる。私も、人のことを言えないけど。

「そう言うならええんやけど、けど何かあったら言って欲しいわ。頼みを引きうけた以上はね」
「ありがとう。そうさせてもらいますね」
「ほな、私は隣のクラスなんよ。そろそろ戻るわ。ユウ君も痺れを切らせそうだし」

悪戯っぽく肩を竦める。

「それから敬語はいらんよ。これから仲良くしていきましょう?あ、名前で呼んでくれなきゃ、怒るわよ!」
「……え、っと、小春、ちゃん?」
「ん、もぉ〜〜!恥じらっちゃて可愛いんだからぁ!」
「は、はぁ……」

腰をくねらせて何故か悶える小春ちゃん。

「じゃぁね、里香ちゃん」

手を降って教室を出て行く。それと入れ替わるように美羽ちゃんが。

「凄かったなぁ。にしても愛されてるよな里香!」

頭を小突かれてる。言葉に照れて俯く。

遠くに離れていても仁王くんの優しさに包まれている。
透明な水にゆっくりと青いインクがにじんでいくような、そんなさりげなさで。
仁王くんは認めないかも知れない。
けれど華やかなその外見からは意外な程、本質は仁王くんは静かでひかえめな人だ。そして芯が強い。
誰も気付かない庭の片隅でひっそりと、それでも精一杯美しく咲く花のように。
仁王くんは、ひたむきな人だ。
だから、私のこともこうやって何かと気にかけてくれる。
だから、思う。私は仁王くんの何かできることはないのだろうかと。
そういうと仁王くんは何もいらないというだろうから。せめて私は笑っていよう。

それが私にできるきっと唯一のこと。

仁王くん。
私は、元気です。



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